ある占星師の話

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 「&bold(){ある占星師の話}」は、[[渡辺一夫]]による評伝。『人間』1947年11月号に掲載され、その後何度かの改稿が加えられた。  ノストラダムスを紹介した日本人による文献のうち、文献名が特定されているものとしては、一番最初に公刊された記念すべきものである。 #amazon(4560046360) 【画像】『フランス・ルネサンスの人々』白水社版のカバー表紙 *内容  ゲーテの『ファウスト』の一節を引用し、ノストラダムスが古くから予言者としての名声を確立していたことが紹介され、その信奉者の例として、[[ウジェーヌ・バレスト]]、[[アナトール・ル・ペルチエ]]らが挙げられている。  さらに、ノストラダムスの予言の中で最も有名な的中例として[[百詩篇第1巻35番]]が紹介されている。  こうした前置きを踏まえ、ノストラダムスの生涯が丁寧にたどられている。  最後に、ノストラダムスの信仰などについて触れられている。 **増補  基本的な骨格は初出で完成している。当時、渡辺は他にも何人ものルネサンス期の人物についての評伝を執筆しており、これをまとめた書籍もいくつか刊行された。「ある占星師の話」も、そうした書籍版で再録され、たびたび修正が加えられてきた。  『フランス・ルネサンス断章』(岩波新書、1950年)では旧仮名遣いが採用され(初出は新仮名遣い)、内容上も若干の加筆がなされており、[[ジャン・ド・ノートルダム]]をノストラダムスの子としていた類の誤りも修正されている。ノストラダムスを「超異端」とする位置付けも、このときに登場している。  『フランス・ルネサンスの人々』(白水社、1964年)では新仮名遣いの敬体が採用され(初出は常体)、岩波版『西洋人名辞典』からの引用が加えられるなど、若干の加筆が行われている(『西洋人名辞典』からの引用というスタイルは、『フランス・ルネサンス断章』の時点で見られたが、ノストラダムスが同辞典未収録だったため、当該項目では引用されていなかった)。  さらに『渡辺一夫著作集』に再録された際には、[[セルジュ・ユタン]]の解釈などに触れた「附記」が加えられている。  岩波文庫版『フランス・ルネサンスの人々』では『著作集』版を底本としつつ、人名などの原綴や附記などを省略する形が採られた。 #amazon(4003318811) 【画像】岩波文庫版カバー *コメント  初出を執筆した当時の渡辺にとって最大の拠りどころとなったのは、おそらくジャック・ブーランジェのノストラダムス本であったろうと思われる。ブーランジェが伝記をまとめた時点(1933年)では[[エドガール・ルロワ]]の研究はまだ現れておらず、伝説的要素や基本事項の誤りが排除されていなかった。  「ある占星師の話」でも、ノートルダム姓の由来が俗説に基づいていたり、ノストラダムスの母[[ルネ>レニエール・ド・サン=レミ]]が[[ジャン・ド・サン=レミ]]の娘とされていたり、[[ジャン・ド・ノートルダム]]の没年が1590年とされているなど、基本事項に誤りが散見されるが、時代背景を考えれば仕方のないところだろう。  しかし、分析の視角は非常に鋭いもので、特にノストラダムスの信仰がカトリックかプロテスタントかということに拘泥しない「超異端」の立場だったのではないかとする仮説などは、彼の私的な往復書簡の発見によって信仰上の問題が取りざたされるようになっている現在でも、十分示唆に富んでいるように思われる。 *書誌 :論文名|ある占星師の話 ― ミシエル・ド・ノートルダム(ノストラダムス)について :著者|渡辺一夫 :掲載誌|『人間』1947年11月号 :再録|『フランス・ルネサンス断章』岩波新書、1950年。『フランス・ルネサンスの人々』白水社、1964年。『渡辺一夫著作集』第四巻、筑摩書房、1971年。『フランス・ルネサンスの人々』岩波文庫、1992年。 **外国人研究者向けの暫定的な仏語訳書誌(Bibliographie provisoire) :Titre| Aru senseishi no hanashi - Michel de Nostredame (Nostradamus) ni tsuite (trad./ Essai sur un astrologue, ou Michel de Nostredame dit Nostradamus.) :Auteur|WATANABE Kazuo :Publication|&italic(){Ningen}, novembre 1947, pp.30-37. :Réimpression|&italic(){France Renaissance danshô}, Iwanami shoten, 1950, pp.101-124. &italic(){France Renaissance no hitobito}, Hakusuisha, 1964, pp.73-90. &italic(){Watanabe Kazuo chosakushû}, Tome.4, Chikuma Shobô, 1971. &italic(){France Renaissance no hitobito}, Iwanami Shoten, 1992, pp.120-140. ---- ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。
 「&bold(){ある占星師の話}」は、[[渡辺一夫]]による評伝。『人間』1947年11月号に掲載され、その後何度かの改稿が加えられた。  ノストラダムスを紹介した日本人による文献のうち、文献名が特定されているものとしては、一番最初に公刊された記念すべきものである。 #amazon(4560046360) 【画像】『フランス・ルネサンスの人々』白水社版のカバー表紙 *内容  ゲーテの『ファウスト』の一節を引用し、ノストラダムスが古くから予言者としての名声を確立していたことが紹介され、その信奉者の例として、[[ウジェーヌ・バレスト]]、[[アナトール・ル・ペルチエ]]らが挙げられている。  さらに、ノストラダムスの予言の中で最も有名な的中例として[[詩百篇第1巻35番]]が紹介されている。  こうした前置きを踏まえ、ノストラダムスの生涯が丁寧にたどられている。  最後に、ノストラダムスの信仰などについて触れられている。 **増補  基本的な骨格は初出で完成している。当時、渡辺は他にも何人ものルネサンス期の人物についての評伝を執筆しており、これをまとめた書籍もいくつか刊行された。「ある占星師の話」も、そうした書籍版で再録され、たびたび修正が加えられてきた。  『フランス・ルネサンス断章』(岩波新書、1950年)では旧仮名遣いが採用され(初出は新仮名遣い)、内容上も若干の加筆がなされており、[[ジャン・ド・ノートルダム]]をノストラダムスの子としていた類の誤りも修正されている。ノストラダムスを「超異端」とする位置付けも、このときに登場している。  『フランス・ルネサンスの人々』(白水社、1964年)では新仮名遣いの敬体が採用され(初出は常体)、岩波版『西洋人名辞典』からの引用が加えられるなど、若干の加筆が行われている(『西洋人名辞典』からの引用というスタイルは、『フランス・ルネサンス断章』の時点で見られたが、ノストラダムスが同辞典未収録だったため、当該項目では引用されていなかった)。  さらに『渡辺一夫著作集』に再録された際には、[[セルジュ・ユタン]]の解釈などに触れた「附記」が加えられている。  岩波文庫版『フランス・ルネサンスの人々』では『著作集』版を底本としつつ、人名などの原綴や附記などを省略する形が採られた。 #amazon(4003318811) 【画像】岩波文庫版カバー *コメント  初出を執筆した当時の渡辺にとって最大の拠りどころとなったのは、おそらくジャック・ブーランジェのノストラダムス本であったろうと思われる。ブーランジェが伝記をまとめた時点(1933年)では[[エドガール・ルロワ]]の研究はまだ現れておらず、伝説的要素や基本事項の誤りが排除されていなかった。  「ある占星師の話」でも、ノートルダム姓の由来が俗説に基づいていたり、ノストラダムスの母[[ルネ>レニエール・ド・サン=レミ]]が[[ジャン・ド・サン=レミ]]の娘とされていたり、[[ジャン・ド・ノートルダム]]の没年が1590年とされているなど、基本事項に誤りが散見されるが、時代背景を考えれば仕方のないところだろう。  しかし、分析の視角は非常に鋭いもので、特にノストラダムスの信仰がカトリックかプロテスタントかということに拘泥しない「超異端」の立場だったのではないかとする仮説などは、彼の私的な往復書簡の発見によって信仰上の問題が取りざたされるようになっている現在でも、十分示唆に富んでいるように思われる。 *書誌 :論文名|ある占星師の話 ― ミシエル・ド・ノートルダム(ノストラダムス)について :著者|渡辺一夫 :掲載誌|『人間』1947年11月号 :再録|『フランス・ルネサンス断章』岩波新書、1950年。『フランス・ルネサンスの人々』白水社、1964年。『渡辺一夫著作集』第四巻、筑摩書房、1971年。『フランス・ルネサンスの人々』岩波文庫、1992年。 **外国人研究者向けの暫定的な仏語訳書誌(Bibliographie provisoire) :Titre| Aru senseishi no hanashi - Michel de Nostredame (Nostradamus) ni tsuite (trad./ Essai sur un astrologue, ou Michel de Nostredame dit Nostradamus.) :Auteur|WATANABE Kazuo :Publication|&italic(){Ningen}, novembre 1947, pp.30-37. :Réimpression|&italic(){France Renaissance danshô}, Iwanami shoten, 1950, pp.101-124. &italic(){France Renaissance no hitobito}, Hakusuisha, 1964, pp.73-90. &italic(){Watanabe Kazuo chosakushû}, Tome.4, Chikuma Shobô, 1971. &italic(){France Renaissance no hitobito}, Iwanami Shoten, 1992, pp.120-140. ---- ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。

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