「予兆詩第133番」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「予兆詩第133番」(2010/08/15 (日) 14:32:58) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
予兆詩第133番(旧123番) 1566年5月について
*原文
Entre peuple discorde, inimitié&sup(){1} brutale,
Guerre, mort de grands princes&sup(){2}, plusieurs [[pars>part]] d'Italie.
Universelle playe, plus fort occidentale:
[[Tempore>tempore]] bonne & pleine, mais fort seche tarie&sup(){3}. ((原文は Chevignard [1999] p.178による。))
**異文
(1) inimitié : inimitie 1605 1628, inimité 1668A
(2) princes 1566Br : Princes &italic(){T.A.Eds.}
(3) seche tarie : seche & tarie 1594JF 1668P, seiche & tarie 1605 1628 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668A
(注記1)1566Br は『[[1566年向けの暦>ALMANACH POVR L'AN M. D. LXVI.]]』の異文。この暦書は2箇所ずつ予兆詩が登場しているが、この詩には登場箇所による違いはない。
(注記2)[[ジャン=エメ・ド・シャヴィニー]]の手稿『[[散文予兆集成>Recueil des Presages Prosaiques de M. Michel de Nostredame]]』では、1行10音綴りに書き直されている。
*日本語訳
人々の間には不和とむき出しの反目。
イタリアの多くの部分では戦争と大君主たちの死。
普遍的な災禍は、西方ではよりひどくなる。
時は良好で充実するが、ひどく乾燥して涸らされる。
**訳について
2行目 plusieurs は「いくつかの」とも「多くの」とも訳せる。災いが畳み掛けられているような文脈では後者の方が妥当と判断し、とりあえずそのように訳した。
4行目 [[tempore]] は男性名詞だが、この行の形容詞などは全て女性名詞に対応する形になっている。省略された語があるというよりも、ノストラダムスは女性名詞として扱っていたということだろう。
*信奉者側の見解
[[ジャン=エメ・ド・シャヴィニー]]は、1566年5月の項では、2行目と3行目は未来に属するとして残りの部分しか解釈していなかったが、その解釈自体が人々の不和や穏やかな時代状況といった漠然としたものだった。
1574年の項目では「大君主たちの死」をフランス王シャルル9世、トスカーナ大公、ロレーヌ枢機卿シャルル・ド・ギーズ、オスマントルコ皇帝セリム2世、ウルバン公など、この年に多くの重要人物が歿したこととした。「イタリアの多くの部分」は3行目につなげ、1576年にイタリア全土からトルコにかけてペストが大流行したことと解釈した((Chavigny [1594] pp. 152, 218 & 230))。
----
#comment