百詩篇第4巻26番

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*原文 Lou&sup(){1} grand eyssame&sup(){2} se&sup(){3} leuera&sup(){4} d'abelhos&sup(){5}, Que non sauran&sup(){6} don te siegen&sup(){7} venguddos&sup(){8} Denuech&sup(){9} l'embousq;&sup(){10}, lou [[gach]]&sup(){11} dessous&sup(){12} las treilhos&sup(){13} Cieutad&sup(){14} trahido&sup(){15} per&sup(){16} cinq&sup(){17} lengos&sup(){18} non nudos&sup(){19}. **異文 (1) Lou : Lo 1557B, L'on 1588-89 (2) eyssame : cyssame 1588-89 1589PV 1611B 1627 1649Xa 1660, Cyssame 1672, eissan 1712Guy (3) se : le 1644 1649Ca 1650Le 1653 1665 1668 (4) leuera : lauera 1665 (5) d'abelhos : d'abellos 1590Ro, d'albelhos 1649Ca 1668, d'abeilles 1712Guy (6) sauran : saran 1557B, souran 1588-89, salutan 1600 1867LP, sautan 1610, saura 1644 1653 1665, lauran 1672, scauran 1716 (7) don te siegen : don le siegen 1557B, don te si geu 1588-89, don te signen 1649Ca 1650Le 1668, bon te siegeno 1665, donte siegon 1712Guy, donte siegen 1716 (8) venguddos : vengud dos 1588-89, vinguddos 1590Ro, vengudes 1712Guy (9) Denuech : De nuech 1557B 1772Ri, Deuech 1588-89, Denech 1589PV 1649Ca 1668, De nuéch 1712Guy (10) l'embousq; 1555 1716 : l'embosque 1557U 1557B 1589Me 1590Ro, l'embousque 1568A 1568B 1588Rf 1589Rg 1644 1650Ri 1653 1772Ri 1840, l'embousq~ 1568C 1568I 1597 1610 1611 1649Xa, l'esbousq~ 1600, l'embonsque 1627, l'embousq 1589PV 1605 1628 1649Ca 1650Le 1660 1668, l'embusque 1665 1712Guy, lenbousq 1672 (11) lou gach : lon gach 1588-89, sou gach 1649Ca 1668, lougach 1600 1610 1627 1644 1650Ri 1650Le 1653 1665 1716, lun gach 1672 (12) dessous : desso' 1600, sous 1589PV 1649Ca 1650Le 1668A 1712Guy [1668Pはこの語が脱落] (13) las treilhos : las treilos 1588-89, las trilhos 1589PV, las treillos 1590Ro, les treilhos 1610 1716, sa treihes 1627, las trei hos 1628, las tail hos 1649Ca 1668A, las tailhos 1650Le, la treilhos 1650Ri 1665, la tail hos 1668P, las treilles 1712Guy (14) Cieutad 1555 1627 1644 1650Ri 1840 : Ciutad &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : Ciutat 1649Ca 1650Le 1668, Cieutard 1653 1665, Cioutat 1712Guy) (15) trahido : trahide 1590Ro 1712Guy, traihdo 1649Ca (16) per : ~p 1555, par 1588-89, P 1840 (17) cinq : cinp 1665 (18) lengos : legos 1588-89, leugos 1649Ca 1650Le 1665 1668, lenguos 1590Ro, lengues 1712Guy (19) nudos : nudes 1712Guy (注記1)q~ は q の上についている波線の代用 (注記2)~p は p の縦棒の下半分に交差している横棒の代用。 **校訂  ほとんどの単語に異文が存在し、しかもその変化の仕方が非常に多彩という異例の詩篇。全文プロヴァンス語という例外的な詩篇のため、フランス人の印刷工にとっては誤植をしやすかったものと推測される。  しかし、[[ピエール・ブランダムール]]らは初出の原文をそのまま受け入れており、異文の中に特筆しなければならない要素はない。 *日本語訳 ミツバチの大群が湧き起こるが、 どこから来たのかは分からないだろう。 夜の待ち伏せ、葡萄棚の下に見張り。 都市は裸でない饒舌な五人に裏切られるだろう。 **訳について  全文プロヴァンス語であることから、この記事の一番下に既存のフランス語訳を引用してある。訳の妥当性についてはそちらも参照のこと。  山根訳は特に問題はない。4行目「市は裸でない五枚の舌に裏切られる」((山根 [1988] p.155))も、直訳としてはむしろそちらの方が正しい。当「大事典」では[[ピエール・ブランダムール]]や[[ピーター・ラメジャラー]]の読み方を踏まえ、lengos を「饒舌な人、おしゃべり」の意味にとっている。  大乗訳2行目「いつみつばちがくるかわからない」((大乗 [1975] p.129))は誤訳。[[ヘンリー・C・ロバーツ]]の英訳に出ていた whence (どこから)を when (いつ)と間違えたものだろう。  同3行目「伏兵にむかって カケスは格子のそばにとまり」は、ロバーツの英訳 Towards the ambush, the jay shall be under a trellis,((Roberts [1949] p.119))を踏まえたものだろうが、「夜に」(denuech, de nuit)がないため不適切である。「カケス」は可能な訳([[gach]]参照)。treilhos は本来ブドウの蔓を這わせる棚を指す((LTDF))。  同4行目「町はやさしげな五つの舌によって そむかれるだろう」は、ロバーツの英訳 A city shall be betrayed by five tongues not naked. と見比べても、「やさしげな」という訳語が何から導かれたのか分からない。 *信奉者側の見解  [[テオフィル・ド・ガランシエール]]はプロヴァンス語のため理解が難しいとしつつ、どこから来たのか分からないミツバチの大群が出現し、ブドウの蔓の下でカケスが目撃されるとき、ある都市が五人の様々な国民(five several Nations)に裏切られることだろうと、ほとんどそのまま言い換えただけのような解釈をつけた((Garencieres [1672]))。  [[バルタザール・ギノー]]は、将来、フランスの敵国がプロヴァンス地方の小さな町ラ・シオタ(La Ciotat)を陥落させようとすることの予言とした。なお、その解釈の中で彼は gach を le gachis と訳し、「汚れた水」(une eau boüeuse)と注記していた((Guynaud [1712] pp.376-378))。  [[テオドール・ブーイ]]、[[フランシス・ジロー]]、[[ウジェーヌ・バレスト]]は触れていなかったが、[[アナトール・ル・ペルチエ]]がブリュメール18日のクーデター(1799年)とする解釈を打ち出すと、多くの論者が追随するようになった。  ル・ペルチエは1行目がクーデターの動きを指し、2行目はボナパルト家の出自がはっきりしないことを指すとした。「夜に待ち伏せ」というのは、ブリュメール18日のクーデターが前夜に準備されたこととした。  ブドウ棚を意味する Treilhos はこの場合アナグラムで、そのフランス語風の綴り Treilhes が Thelries となり、チュイルリー宮殿(Thuileries)に結びつくとされた。カケスはイソップ寓話で孔雀の羽をまとったことから、旧制度の絢爛豪華さを引き継いだナポレオンのことで、彼の居室がチュイルリーに作られたことを予言したという。  4行目はパリが長衣をまとった雄弁な五人の手に落ちたこととし、ナポレオンを第一統領とする統領政府が成立したことを指すとした((Le Pelletier [1867a] pp.211-212))。  この解釈は細部が修正されつつも、[[チャールズ・ウォード]]、[[ジェイムズ・レイヴァー]]、[[エリカ・チータム]]、[[セルジュ・ユタン]]らに引き継がれた((Ward [1891] pp.293-295, Laver [1952] p.172, Cheetham [1973/1990], Hutin [1978/2002]))。  日本では全く異なる解釈が展開された。  [[川尻徹]]はチェルノブイリ原発事故(1986年)の予言とし、詩番号は事故が起こった4月26日を指すとした。川尻は原子力発電所の黒鉛燃料ブロックが蜂の巣型であることから、そこから発した放射能を「ミツバチ」と表現していると解釈し、4行目(彼は「やさしげな」という大乗訳に依拠している)は、当局から耳障りの良い言葉で安全性を強調されていた近隣都市が裏切られたことを指すと解釈した((川尻『ノストラダムス暗号書の謎』pp.12-16))。  [[加治木義博]]や[[池田邦吉]]もチェルノブイリ原発事故とした((加治木『真説ノストラダムスの大予言』pp.51-54、池田『ノストラダムスの預言書解読III』pp.249-250))。 **懐疑的な見解  統領政府を構成した統領は三人(ナポレオン、カンバセレス、ルブラン)であり、五人ではない。信奉者には統領が五人だったとする者もいるが、史実に反する。一応、統領政府成立直前に暫定的な統領の座にあった人間(ナポレオン、シエイエス、デュコ)を考慮に入れれば、都合五人となるが、強引なのは否めないだろう。この点をきちんと説明した論者はいないようである。  そのせいでというわけでもないのだろうが、[[ロルフ・ボズウェル]]、[[アンドレ・ラモン]]、フォンブリュヌ親子などのように、通説を多く取り込んでいるにもかかわらず、この詩に全く触れなかった信奉者たちもいる。  チェルノブイリとする解釈についてだが、いずれも依拠している訳に問題がある。  特に加治木の場合は一般的な読み方からかけ離れているが、訳の根拠が分からない。例えば4行目を「覆われている五つの金属棒を、怠け者が焼いたからだ」((加治木『真説ノストラダムスの大予言』p.53))と訳しているが、「裸でない」=「覆われている」というのは分かるにしても、「金属棒」「怠け者」「焼く」はいずれも原文から導けない(「金属棒」は lengos を「槍」の意味の lance あたりとでも結びつけたのだろうか)。 *同時代的な視点  [[ピエール・ブランダムール]]によれば、古代ローマにおいて軍旗や神殿にミツバチの群れがとまることは、特に不吉なこととされていたという。彼はその例として、ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』をはじめとする古代の史書で、大敗などに先立つ凶兆としてしばしば言及されてきたことなどを挙げている。  つまりこの詩では、ミツバチの群れの到来が、五人の裏切り者の手引きでブドウ棚の下に忍び込んだ敵たちの出現を告げる凶兆となっているという。  「裸でない」は「貧しくない」ことから「富裕である」ことの意味だろうとした。これについては、[[エドガー・レオニ]]による「身綺麗ではない」=「買収された」という読み方も紹介していた。  また、全文がプロヴァンス語で書かれているのは、この詩で想定されている舞台がプロヴァンスの都市だからだろうとした((Brind’Amour [1996]))。  [[ロジェ・プレヴォ]]は、シャルルマーニュ(カール大帝)がサラセン人を破ったという伝説に関わりがある可能性を示した。[[ジャン・ド・ノートルダム]]がプロヴァンス史論の中でそれに触れたときには、 [[サン=レミ>サン=レミ=ド=プロヴァンス]]近郊のゴシエ山麓にシャルルマーニュ軍が急に現れた様子をミツバチの群れに喩えたという((Prévost [1999] p.166))。  [[ピーター・ラメジャラー]]はブランダムールやプレヴォの解釈を継承しつつも、やはりこの詩も『[[ミラビリス・リベル]]』に描かれていたアラブ人の侵攻からフランスが解放される予言が投影されているとした((Lemesurier [2003b]))。  [[ジャン=ポール・クレベール]]もプレヴォの解釈を踏まえつつ、treilhos はブドウ棚の意味のほか、ラングドック地方では「ミツバチのダンス」の意味もあることや、サン=レミにラ・ガショ(La Gacho)という街区があることを指摘した。なお、クレベールは「裸でない」を「露になっていない」=「正体が明らかになっていない」と理解している。これは第一序文第30節の「すべての物事は裸であり、発見されているのである」(大元は聖書からの引用句)を踏まえた表現だという((Clébert [2003]))。 *その他  この詩は全文プロヴァンス語であることから、参考のためにフランス語訳を掲げておく。引用させていただくのは、信奉者側の古典である[[アナトール・ル・ペルチエ]]の訳と、現代の研究成果を取り込んだ[[ピーター・ラメジャラー]]の訳である。 **[[アナトール・ル・ペルチエ]]の訳 Le grand essaim se lèvera d'abeilles, Qu'on ne saura d'où elles seront venues. De nuit l'embûche : le geai sous les Treilhes, Cité livrée par cinq langues non nues.((Le Pelletier [1867a] p.211)) **[[ピーター・ラメジャラー]]の訳 Le grand essaim se levera d'abeilles Qu'on ne saura d'où elles seront venues. De nuit l'embuscade, le guet sous les treilles, Cité trahie par cinq bavards non nus.((Lemesurier [2003b] p.143))  信奉者か否かといった立場の違いに関係なく、この二つの訳はほとんど同じで、解釈に関わる違いは [[gach]] を geai (カケス)と訳すか guet (見張り)と訳すかだけである。livrée は「引き渡される」だが「裏切られる」の意味もあり、trahie と同じである。また、ル・ペルチエが Treilhos を Treilhes としているのはアナグラム解釈の都合であって、語学上の問題ではない。そこで、単独の用語記事としては [[gach]] だけ立ててある。 ---- ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。 ---- &bold(){コメントらん} 以下に投稿されたコメントは&u(){書き込んだ方々の個人的見解であり}、当「大事典」としては、その信頼性などをなんら担保するものではありません。  なお、現在、コメント書き込みフォームは撤去していますので、新規の書き込みはできません。 - いつか、プロヴァンスに起きる事件じゃないのか? ブリュメール18日のクーデター説を認めても、全文を方言で書く理由が分からない。 -- とある信奉者 (2013-04-04 23:01:10)
*原文 Lou&sup(){1} grand eyssame&sup(){2} se&sup(){3} leuera&sup(){4} d'abelhos&sup(){5}, Que non sauran&sup(){6} don te siegen&sup(){7} venguddos&sup(){8} Denuech&sup(){9} l'embousq;&sup(){10}, lou [[gach]]&sup(){11} dessous&sup(){12} las treilhos&sup(){13} Cieutad&sup(){14} trahido&sup(){15} per&sup(){16} cinq&sup(){17} lengos&sup(){18} non nudos&sup(){19}. **異文 (1) Lou : Lo 1557B, L'on 1588-89 (2) eyssame : cyssame 1588-89 1589PV 1611B 1627 1649Xa 1660, Cyssame 1672, eissan 1712Guy (3) se : le 1644 1649Ca 1650Le 1653 1665 1668 (4) leuera : lauera 1665 (5) d'abelhos : d'abellos 1590Ro, d'albelhos 1649Ca 1668, d'abeilles 1712Guy (6) sauran : saran 1557B, souran 1588-89, salutan 1600 1867LP, sautan 1610, saura 1644 1653 1665, lauran 1672, scauran 1716 (7) don te siegen : don le siegen 1557B, don te si geu 1588-89, don te signen 1649Ca 1650Le 1668, bon te siegeno 1665, donte siegon 1712Guy, donte siegen 1716 (8) venguddos : vengud dos 1588-89, vinguddos 1590Ro, vengudes 1712Guy (9) Denuech : De nuech 1557B 1772Ri, Deuech 1588-89, Denech 1589PV 1649Ca 1668, De nuéch 1712Guy (10) l'embousq; 1555 1716 : l'embosque 1557U 1557B 1589Me 1590Ro, l'embousque 1568A 1568B 1588Rf 1589Rg 1644 1650Ri 1653 1772Ri 1840, l'embousq~ 1568C 1568I 1597 1610 1611 1649Xa, l'esbousq~ 1600, l'embonsque 1627, l'embousq 1589PV 1605 1628 1649Ca 1650Le 1660 1668, l'embusque 1665 1712Guy, lenbousq 1672 (11) lou gach : lon gach 1588-89, sou gach 1649Ca 1668, lougach 1600 1610 1627 1644 1650Ri 1650Le 1653 1665 1716, lun gach 1672 (12) dessous : desso' 1600, sous 1589PV 1649Ca 1650Le 1668A 1712Guy [1668Pはこの語が脱落] (13) las treilhos : las treilos 1588-89, las trilhos 1589PV, las treillos 1590Ro, les treilhos 1610 1716, sa treihes 1627, las trei hos 1628, las tail hos 1649Ca 1668A, las tailhos 1650Le, la treilhos 1650Ri 1665, la tail hos 1668P, las treilles 1712Guy (14) Cieutad 1555 1627 1644 1650Ri 1840 : Ciutad &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : Ciutat 1649Ca 1650Le 1668, Cieutard 1653 1665, Cioutat 1712Guy) (15) trahido : trahide 1590Ro 1712Guy, traihdo 1649Ca (16) per : ~p 1555, par 1588-89, P 1840 (17) cinq : cinp 1665 (18) lengos : legos 1588-89, leugos 1649Ca 1650Le 1665 1668, lenguos 1590Ro, lengues 1712Guy (19) nudos : nudes 1712Guy (注記1)q~ は q の上についている波線の代用 (注記2)~p は p の縦棒の下半分に交差している横棒の代用。 **校訂  ほとんどの単語に異文が存在し、しかもその変化の仕方が非常に多彩という異例の詩篇。全文プロヴァンス語という例外的な詩篇のため、フランス人の印刷工にとっては誤植をしやすかったものと推測される。  しかし、[[ピエール・ブランダムール]]らは初出の原文をそのまま受け入れており、異文の中に特筆しなければならない要素はない。 *日本語訳 ミツバチの大群が湧き起こるが、 どこから来たのかは分からないだろう。 夜の待ち伏せ、葡萄棚の下に見張り。 都市は裸でない饒舌な五人に裏切られるだろう。 **訳について  全文プロヴァンス語であることから、この記事の一番下に既存のフランス語訳を引用してある。訳の妥当性についてはそちらも参照のこと。  山根訳は特に問題はない。4行目「市は裸でない五枚の舌に裏切られる」((山根 [1988] p.155))も、直訳としてはむしろそちらの方が正しい。当「大事典」では[[ピエール・ブランダムール]]や[[ピーター・ラメジャラー]]の読み方を踏まえ、lengos を「饒舌な人、おしゃべり」の意味にとっている。  大乗訳2行目「いつみつばちがくるかわからない」((大乗 [1975] p.129))は誤訳。[[ヘンリー・C・ロバーツ]]の英訳に出ていた whence (どこから)を when (いつ)と間違えたものだろう。  同3行目「伏兵にむかって カケスは格子のそばにとまり」は、ロバーツの英訳 Towards the ambush, the jay shall be under a trellis,((Roberts [1949] p.119))を踏まえたものだろうが、「夜に」(denuech, de nuit)がないため不適切である。「カケス」は可能な訳([[gach]]参照)。treilhos は本来ブドウの蔓を這わせる棚を指す((LTDF))。  同4行目「町はやさしげな五つの舌によって そむかれるだろう」は、ロバーツの英訳 A city shall be betrayed by five tongues not naked. と見比べても、「やさしげな」という訳語が何から導かれたのか分からない。 *信奉者側の見解  [[テオフィル・ド・ガランシエール]]はプロヴァンス語のため理解が難しいとしつつ、どこから来たのか分からないミツバチの大群が出現し、ブドウの蔓の下でカケスが目撃されるとき、ある都市が五人の様々な国民(five several Nations)に裏切られることだろうと、ほとんどそのまま言い換えただけのような解釈をつけた((Garencieres [1672]))。  [[バルタザール・ギノー]]は、将来、フランスの敵国がプロヴァンス地方の小さな町ラ・シオタ(La Ciotat)を陥落させようとすることの予言とした。なお、その解釈の中で彼は gach を le gachis と訳し、「汚れた水」(une eau boüeuse)と注記していた((Guynaud [1712] pp.376-378))。  [[テオドール・ブーイ]]、[[フランシス・ジロー]]、[[ウジェーヌ・バレスト]]は触れていなかったが、[[アナトール・ル・ペルチエ]]がブリュメール18日のクーデター(1799年)とする解釈を打ち出すと、多くの論者が追随するようになった。  ル・ペルチエは1行目がクーデターの動きを指し、2行目はボナパルト家の出自がはっきりしないことを指すとした。「夜に待ち伏せ」というのは、ブリュメール18日のクーデターが前夜に準備されたこととした。  ブドウ棚を意味する Treilhos はこの場合アナグラムで、そのフランス語風の綴り Treilhes が Thelries となり、チュイルリー宮殿(Thuileries)に結びつくとされた。カケスはイソップ寓話で孔雀の羽をまとったことから、旧制度の絢爛豪華さを引き継いだナポレオンのことで、彼の居室がチュイルリーに作られたことを予言したという。  4行目はパリが長衣をまとった雄弁な五人の手に落ちたこととし、ナポレオンを第一統領とする統領政府が成立したことを指すとした((Le Pelletier [1867a] pp.211-212))。  この解釈は細部が修正されつつも、[[チャールズ・ウォード]]、[[ジェイムズ・レイヴァー]]、[[エリカ・チータム]]、[[セルジュ・ユタン]]らに引き継がれた((Ward [1891] pp.293-295, Laver [1952] p.172, Cheetham [1973/1990], Hutin [1978/2002]))。  日本では全く異なる解釈が展開された。  [[川尻徹]]はチェルノブイリ原発事故(1986年)の予言とし、詩番号は事故が起こった4月26日を指すとした。川尻は原子力発電所の黒鉛燃料ブロックが蜂の巣型であることから、そこから発した放射能を「ミツバチ」と表現していると解釈し、4行目(彼は「やさしげな」という大乗訳に依拠している)は、当局から耳障りの良い言葉で安全性を強調されていた近隣都市が裏切られたことを指すと解釈した((川尻『ノストラダムス暗号書の謎』pp.12-16))。  [[加治木義博]]や[[池田邦吉]]もチェルノブイリ原発事故とした((加治木『真説ノストラダムスの大予言』pp.51-54、池田『ノストラダムスの預言書解読III』pp.249-250))。 #amazon(4890136851) &color(gray){【画像】 リチャード・F・モールド 『目で見るチェルノブイリの真実 新装版』} **懐疑的な見解  統領政府を構成した統領は三人(ナポレオン、カンバセレス、ルブラン)であり、五人ではない。信奉者には統領が五人だったとする者もいるが、史実に反する。一応、統領政府成立直前に暫定的な統領の座にあった人間(ナポレオン、シエイエス、デュコ)を考慮に入れれば、都合五人となるが、強引なのは否めないだろう。この点をきちんと説明した論者はいないようである。  そのせいでというわけでもないのだろうが、[[ロルフ・ボズウェル]]、[[アンドレ・ラモン]]、フォンブリュヌ親子などのように、通説を多く取り込んでいるにもかかわらず、この詩に全く触れなかった信奉者たちもいる。  チェルノブイリとする解釈についてだが、いずれも依拠している訳に問題がある。  特に加治木の場合は一般的な読み方からかけ離れているが、訳の根拠が分からない。例えば4行目を「覆われている五つの金属棒を、怠け者が焼いたからだ」((加治木『真説ノストラダムスの大予言』p.53))と訳しているが、「裸でない」=「覆われている」というのは分かるにしても、「金属棒」「怠け者」「焼く」はいずれも原文から導けない(「金属棒」は lengos を「槍」の意味の lance あたりとでも結びつけたのだろうか)。 *同時代的な視点  [[ピエール・ブランダムール]]によれば、古代ローマにおいて軍旗や神殿にミツバチの群れがとまることは、特に不吉なこととされていたという。彼はその例として、ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』をはじめとする古代の史書で、大敗などに先立つ凶兆としてしばしば言及されてきたことなどを挙げている。  つまりこの詩では、ミツバチの群れの到来が、五人の裏切り者の手引きでブドウ棚の下に忍び込んだ敵たちの出現を告げる凶兆となっているという。  「裸でない」は「貧しくない」ことから「富裕である」ことの意味だろうとした。これについては、[[エドガー・レオニ]]による「身綺麗ではない」=「買収された」という読み方も紹介していた。  また、全文がプロヴァンス語で書かれているのは、この詩で想定されている舞台がプロヴァンスの都市だからだろうとした((Brind’Amour [1996]))。  [[ロジェ・プレヴォ]]は、シャルルマーニュ(カール大帝)がサラセン人を破ったという伝説に関わりがある可能性を示した。[[ジャン・ド・ノートルダム]]がプロヴァンス史論の中でそれに触れたときには、 [[サン=レミ>サン=レミ=ド=プロヴァンス]]近郊のゴシエ山麓にシャルルマーニュ軍が急に現れた様子をミツバチの群れに喩えたという((Prévost [1999] p.166))。  [[ピーター・ラメジャラー]]はブランダムールやプレヴォの解釈を継承しつつも、やはりこの詩も『[[ミラビリス・リベル]]』に描かれていたアラブ人の侵攻からフランスが解放される予言が投影されているとした((Lemesurier [2003b]))。  [[ジャン=ポール・クレベール]]もプレヴォの解釈を踏まえつつ、treilhos はブドウ棚の意味のほか、ラングドック地方では「ミツバチのダンス」の意味もあることや、サン=レミにラ・ガショ(La Gacho)という街区があることを指摘した。なお、クレベールは「裸でない」を「露になっていない」=「正体が明らかになっていない」と理解している。これは第一序文第30節の「すべての物事は裸であり、発見されているのである」(大元は聖書からの引用句)を踏まえた表現だという((Clébert [2003]))。 *その他  この詩は全文プロヴァンス語であることから、参考のためにフランス語訳を掲げておく。引用させていただくのは、信奉者側の古典である[[アナトール・ル・ペルチエ]]の訳と、現代の研究成果を取り込んだ[[ピーター・ラメジャラー]]の訳である。 **[[アナトール・ル・ペルチエ]]の訳 Le grand essaim se lèvera d'abeilles, Qu'on ne saura d'où elles seront venues. De nuit l'embûche : le geai sous les Treilhes, Cité livrée par cinq langues non nues.((Le Pelletier [1867a] p.211)) **[[ピーター・ラメジャラー]]の訳 Le grand essaim se levera d'abeilles Qu'on ne saura d'où elles seront venues. De nuit l'embuscade, le guet sous les treilles, Cité trahie par cinq bavards non nus.((Lemesurier [2003b] p.143))  信奉者か否かといった立場の違いに関係なく、この二つの訳はほとんど同じで、解釈に関わる違いは [[gach]] を geai (カケス)と訳すか guet (見張り)と訳すかだけである。livrée は「引き渡される」だが「裏切られる」の意味もあり、trahie と同じである。また、ル・ペルチエが Treilhos を Treilhes としているのはアナグラム解釈の都合であって、語学上の問題ではない。そこで、単独の用語記事としては [[gach]] だけ立ててある。 ---- ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。 ---- &bold(){コメントらん} 以下に投稿されたコメントは&u(){書き込んだ方々の個人的見解であり}、当「大事典」としては、その信頼性などをなんら担保するものではありません。  なお、現在、コメント書き込みフォームは撤去していますので、新規の書き込みはできません。 - いつか、プロヴァンスに起きる事件じゃないのか? ブリュメール18日のクーデター説を認めても、全文を方言で書く理由が分からない。 -- とある信奉者 (2013-04-04 23:01:10)

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