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-[[百詩篇第1巻]]>76番
+[[詩百篇第1巻]]>76番*
 
 *原文
-D'vn nom farouche tel proferé sera&sup(){1},
-Que les troys seurs&sup(){2} auront [[fato]]&sup(){3} le nom:
-Puis&sup(){4} grand peuple par langue&sup(){5} & faict [[duira>duire]]&sup(){6}
-Plus&sup(){7} que nul autre aura [[bruit]] & renom.
+D'vn nom farouche tel proferé&sup(){2} sera&sup(){3},
+Que les troys seurs&sup(){4} auront [[fato]]&sup(){5} le nom:
+Puis&sup(){6} grand peuple par langue&sup(){7} & faict [[duira>duire]]&sup(){8}
+Plus&sup(){9} que nul autre aura [[bruit]] & renom.
 
 **異文
-(1) sera : seras 1665
-(2) seurs : soeurs 1600 1644 1649Ca 1650Ri 1650Le 1653 1665 1668, Soeurs 1672
-(3) fato : Fato 1672
-(4) Puis : puis 1649Xa
-(5) langue : longue 1589Me
-(6) duira 1555 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668 1840 : dira &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : dira? 1611B)
-(7) Plus : plus 1649Xa
+(1) tel : le 1667Wi 1668P
+(2) proferé : propheté 1612Me
+(3) sera : seras 1665Ba
+(4) seurs : soeurs 1610Po 1644Hu 1649Ca 1650Ri 1650Le 1653AB 1665Ba 1667Wi 1668, Soeurs 1672Ga
+(5) fato : faict 1612Me, Fato 1672Ga
+(6) Puis : puis 1649Xa
+(7) langue : longue 1589Me 1612Me
+(8) duira 1555 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1840 : dira &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : dira? 1611B)
+(9) Plus : plus 1649Xa
+
+**校訂
+ [[ピエール・ブランダムール]]は特に校訂していないが、3行目の Puis を2音節で読むようにと注記している。実際、そう読まないと前半率の句切れ目がおかしくなる。
 
 *日本語訳
 その者はある野蛮な名前で呼ばれるだろう、
 三姉妹が持つ運命という名前のような。
 そして偉大な人々を言葉と行為で導くだろう。
 彼ほどの名誉と名声を持つ者は他に誰もいないだろう。
 
 **訳について
- 山根訳2行目「三姉妹が運命からいただいた名で」((山根 [1988] p.66))は、[[fato]] と le nom は並列的なので、少々不適切に思える。
+ 1行目 proferer(proférer) は「発音する、口に出す」の意味で、中期フランス語でも同様の意味があった ((DFE))。
+ 2行目の seurs は soeurs の綴りの揺れ((DMF, p.593))。
 
- 大乗訳1行目「人が自然のままの名で呼ばれ」は faroche が「野生の」の意味もあることによるものだろう。
+ 既存の訳について検討しておく。
+ 大乗訳1行目「人が自然のままの名で呼ばれ」((大乗 [1975] p.64))は faroche が「野生の」の意味もあることによるものだろう。
  同3行目「あとになって多くの人々が口々に そして行動にあらわしていうだろう」は、dira になっている底本に基づく訳としては誤りではない。3行目 duira の主語を当「大事典」では1行目の人物と解釈しているが、それは多くの論者に従ったものである。ただし、構文上は「偉大な国民」を主語に取ることも可能である。
+
+ 山根訳2行目「三姉妹が運命からいただいた名で」((山根 [1988] p.66))は、[[fato]] と le nom は並列的なので、少々不適切に思える。
 
 *信奉者側の見解
- [[テオフィル・ド・ガランシエール]]は、三姉妹が運命を司る女神のことだとする語釈を展開するにとどまった((Garencieres [1976]))。
+ [[テオフィル・ド・ガランシエール]](1672年)は、三姉妹が運命を司る女神のことだとする語釈を展開するにとどまった((Garencieres [1976]))。
 
  その後、この詩の解釈は途絶えたが、19世紀後半になるとナポレオン・ボナパルトと結びつける解釈が登場した。
- その解釈の元祖は[[アナトール・ル・ペルチエ]]のようである((cf. Leoni [1961]))。彼は「野蛮な名前」をナポレオンと結びつけ、ギリシア語の Ne-apolluon (確かに虐殺する者)につながるとした。Nea- となることの正当化として、ヴァンドーム広場の碑文に NEAPOLIO. IMP. AUG. (荘厳な皇帝ナポレオン)とあることを挙げた((Le Pelletier [1867a] pp.206-207))。
- この解釈は[[チャールズ・ウォード]]、[[マックス・ド・フォンブリュヌ]]、[[アンドレ・ラモン]]、[[ジェイムズ・レイヴァー]]、[[エリカ・チータム]]らが踏襲した((Ward [1891] p.287, Fontbrune [1939] p.89, Lamont [1943] p.101, Laver p.166, Cheetham [1973]))。
+ その解釈の元祖は[[アナトール・ル・ペルチエ]](1867年)のようである((cf. Leoni [1961]))。彼は「野蛮な名前」をナポレオンと結びつけ、ギリシア語の Ne-apolluon (確かに虐殺する者)につながるとした。Nea- となることの正当化として、ヴァンドーム広場の碑文に NEAPOLIO. IMP. AUG. (荘厳な皇帝ナポレオン)とあることを挙げた((Le Pelletier [1867a] pp.206-207))。
+ この解釈は[[チャールズ・ウォード]](1891年)、[[マックス・ド・フォンブリュヌ]](1938年)、[[アンドレ・ラモン]](1943年)、[[ジェイムズ・レイヴァー]](1942年)、[[エリカ・チータム]](1973年)、[[ヴライク・イオネスク]](1976年)、[[竹本忠雄]](2011年)らが踏襲した((Ward [1891] p.287, Fontbrune [1939] p.89, Lamont [1943] p.101, Laver p.166, Cheetham [1973], Ionescu [1976] pp.305-306, 竹本 [2011] pp.445-446))。
 
  [[セルジュ・ユタン]]は共産主義体制下の中国が世界的な強国にのし上がることの予言ではないかとした((Hutin [1978]))。
 
 *同時代的な視点
  [[エヴリット・ブライラー]]や[[ジャン=ポール・クレベール]]は、ノストラダムスが[[オグミオス]]に喩えている人物のことではないかとした((LeVert [1979], Clébert [2003]))。
 
- [[ピーター・ラメジャラー]]は2003年の時点では、ローマ掠奪(1527年)のときにドイツ兵を率いたゲオルク・フォン・フルンツベルク(Georg von Frundsberg)と、『[[ミラビリス・リベル]]』に描かれた反キリストが重ねあわされているとしていた((Lemesurier [2003b]))。
+ [[ピーター・ラメジャラー]]は2003年の時点では、ローマ掠奪(1527年)のときにドイツ兵を率いたゲオルク・フォン・フルンツベルク(Georg von Frundsberg)と、『[[ミラビリス・リベル]]』に描かれた[[反キリスト]]が重ねあわされているとしていた((Lemesurier [2003b]))。
  しかし、2010年には、13世紀の年代記作家ギヨーム・ル・ブルトンが描いたフィリップ尊厳王がモデルと修正した。フィリップはイングランドのリチャード獅子心王らとともに第三回十字軍を率いた((Lemesurier [2010]))。
 
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