ピエール・メニエ

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 &bold(){ピエール・メニエ1世}(Pierre I Ménier / Mesnier)は、16世紀後半から17世紀初頭に活動したパリの出版業者。1581年から1605年頃までの活動が確認でき、そのころに歿した可能性がある((Mellot))。  なお、1588年に[[リヨン]]でも「ピエール・メニエ」が二冊刊行しているが、同一人物かは不明である((Mellot, Baudrier))。 *ノストラダムス関連  ノストラダムスの予言集を少なくとも3回出版した。[[1589年版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (ピエール・メニエ、1589年)]]、[[刊行年の記載されていない版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (ピエール・メニエ、刊行年不記載)]]、[[1610年版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (ピエール・メニエ、1610年)]]で、少なくとも最後の1点は、本人ではなく息子のピエール・メニエ2世が手がけたもののようである。  また、[[アントワーヌ・クレスパン]]の『[[真に最も記憶されるべき事柄を含む驚異の予言>La Prophetie merveilleuse, contenant au vray les choses plus memorables]]』(1590年頃)も出版した。ほかに、[[フロラン・ド・クロー]]の『1586年向けの暦』は[[アントワーヌ・ウィック]]の出版だが、本文中には印刷業者としてメニエの名がある。 ---- #comment
 &bold(){ピエール・メニエ1世}(Pierre I Ménier / Mesnier)は、16世紀後半から17世紀初頭に活動したパリの出版業者。1581年から1605年頃までの活動が確認でき、そのころに歿した可能性がある((Mellot))。  なお、1588年に[[リヨン]]でも「ピエール・メニエ」が二冊刊行しているが、同一人物かは不明である((Mellot, Baudrier))。 *ノストラダムス関連  ノストラダムスの予言集を少なくとも3回出版した。[[1589年版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (ピエール・メニエ、1589年)]]、[[刊行年の記載されていない版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (ピエール・メニエ、刊行年不記載)]]、[[1610年版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (ピエール・メニエ、1610年)]]で、少なくとも最後の1点は、本人ではなく息子のピエール・メニエ2世が手がけたもののようである。  また、[[アントワーヌ・クレスパン]]の『[[真に最も記憶されるべき事柄を含む驚異の予言>La Prophetie merveilleuse, contenant au vray les choses plus memorables]]』(1590年頃)も出版した。ほかに、[[フロラン・ド・クロー]]の『1586年向けの暦』は[[アントワーヌ・ウイック]]の出版だが、本文中には印刷業者としてメニエの名がある。 ---- #comment

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