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 *原文
 Ceulx&sup(){1} qui estoient&sup(){2} en regne pour scauoir&sup(){3},
 Au Royal&sup(){4} change deuiendront apouuris&sup(){5}:
 Vns&sup(){6} exilés sans appuy, or n'auoir&sup(){7},
 Lettrés&sup(){8} & lettres ne seront à grans&sup(){9} pris&sup(){10}.
 
 **異文
 (1) Ceulx : Deux 1627
 (2) estoient : seront 1593BR
 (3) scauoir 1557U 1557B 1568A 1568B 1660 1672 : sçauoir &italic(){T.A.Eds.} 
 (4) Royal : royal 1590Ro 1593BR
 (5) apouuris : apouris 1589PV, apovris 1650Le 1668, appauuris 1588Rf 1589Rg 1611B 1627 1644 1653 1660 1665, appauuri 1589Me, a pauvris 1672
 (6) Vns : Vn 1665
 (7) or n'auoir : Or navoir 1672
 (8) Lettrés 1557U 1568A : Lettrez &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : Iettés 1557B, Lettez 1589PV, Lettes 1650Le 1668A, Lettres 1588-89 1590Ro 1649Ca 1668P, Lettréz 1672)
 (9) grans 1557U 1557B 1568A 1588-89 1628 : grand &italic(){T.A.Eds.}
 (10) pris : prix 1644 1653 1665
 
 **校訂
  2行目の apouvris は、異文の appauvris の方が現代的観点から見れば正しいが、誤りというより綴りの揺れの範囲だろう。
 
 *日本語訳
 知識に傑出した人々は、
 王の変化で衰えるだろう。
 支援もなく黄金も持たずに追放される人々もいる。
 学識者にも文学にも大きな価値はなくなるだろう。
 
 **訳について
  山根訳1行目「知識をもとめて王国にいる人々」((山根 [1988] p.212))は、可能な訳。当「大事典」の訳は、en regne で「力を持つ」とした[[ジャン=ポール・クレベール]]の読み方に従っている。DMF に en regne という成句はないが、estre en grand regne で「強い力を持つ」「絶頂にある」の意味とある((DMF p.539))。
 
  大乗訳1行目「かれらの研究を尊重する人々は」((大乗 [1975] p.177))は不適切な訳。また、4行目「学者や研究中の人々は多くの価値をなくすだろう」も不適切。ロバーツの英訳にある learning を「研究中の人々」と訳したのだろうが、明らかに誤り。
 
 *信奉者側の見解
  [[テオフィル・ド・ガランシエール]]は、一般的に起こること以外は何も述べていない詩としかコメントしなかった((Garencieres [1672]))。
 
  [[フランシス・ジロー]]はルイ=フィリップの七月王政と結びつけた((Girault [1839] pp.41-42))。
 
  [[ウジェーヌ・バレスト]]は、フランス革命がかえって不幸な状況を招いたことに関する詩の一つとしていた((Bareste [1840] p.517))。
  フランス革命とする解釈は[[ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ]]も展開した。彼の場合、アシニャ紙幣の暴落などで貴族が貧しくなり、ろくな財産の持ち合わせもないまま亡命したことなどの予言とした((Fontbrune (1980)[1982]))。
  エミグレの詩とした[[セルジュ・ユタン]]も、同じ解釈なのかもしれない(エミグレは一般名詞としては亡命者、歴史用語としては大革命期の亡命貴族を指す)((Hutin [1978/2002]))。
 
  [[アンドレ・ラモン]](1943年)は、1944年にフランスが王政復古したときに、時の為政者が追い出されることと解釈した((Lamont [1943] p.290))。
 
 *同時代的な視点
  [[ピエール・ブランダムール]]は、[[百詩篇第1巻62番]]や[[百詩篇第4巻18番]]にも見られる学芸の受難の詩と解釈した。特にこの詩に描かれた君主の交代が学芸の衰退につながるというモチーフは、文芸の庇護者として名高かったフランソワ1世から、武勇を重視した[[アンリ2世]]への交代が重ねあわされている可能性を指摘した((Brind’Amour [1996] p.138))。
  [[ピーター・ラメジャラー]]もその見解を踏襲した((Lemesurier [2003b/2010]))。[[ジャン=ポール・クレベール]]は具体的な王の名に触れていないが、[[百詩篇第1巻62番]]、[[百詩篇第4巻18番]]、[[百詩篇第8巻71番]]などとの関連性は指摘している((Clébert [2003]))。
 
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 - ルイ14世のフォンテーヌブローの勅令(1685年)で、金融・商業においても支配的であったプロテスタントが外国に亡命し、経済が衰えた事を予言??  50年以上前だが、同世紀のガリレオが宗教裁判に遭っている。  -- とある信奉者  (2013-03-25 13:53:30)
 
+- “黄金も持たず”を財産としたが、文字通りで、黄金であり、特に錬金術に興味を持ったプラハの神聖ローマ皇帝ルドルフ二世が、英国のインチキ錬金術師エドワード・ケリーを逮捕した。彼は脱獄しようとしたところを見つかり処刑された。「最後の錬金術師」と呼ばれるニュートンが誕生したのはルイ14世の勅令が出されたと同じ世紀だ。錬金術はその後、否定されたが。化学に受け継がれた。  -- とある信奉者  (2013-03-29 02:00:28)
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