Nostradamus : Lettres inédites

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 『&bold(){ノストラダムス:未公刊書簡集}』(&italic(){Nostradamus : Lettres inédites})は、1983年に出版された[[ジャン・デュペーブ]]の著書。ジュネーヴのドローズ社から「人文主義とルネサンスの作品集」叢書(Travaux d' Humanisme et Renaissance)の196番として出版された。 *内容  フランス国立図書館に残るノストラダムスの往復書簡集([[BN ms. Lat. 8592]])の校訂版である。校訂されたラテン語の原文に、フランス語での要約が添えられている。  本編に当たる51通の書簡のほかに、別系統で残っていた3篇の手紙が付録として収録されている。 **付録  付録として収録された書簡は以下の3つである。 -ノストラダムスからハンス・ロベットへ (1565年8月5日もしくは7日) --本文がフランス語で書かれている手紙。本文末尾で8月5日と書かれているが、直後のラテン語の奥付では7日になっている。往復書簡集([[BN ms. Lat. 8592]])の48番と49番の間に位置付けられる。 -ノストラダムスからハンス・ロベットへ (1565年12月12日) --全文ラテン語の書簡だが、デュペーブによるフランス語の要約はついていない。往復書簡集([[BN ms. Lat. 8592]])の51番(1565年12月13日)のわずか1日前の手紙であり、21日間寝ていないこと、ゲオルク・ロリやアントン・ショラーへの言及など、内容的にはかなり重複しているようである。 --12月12日を自分の誕生日の2日前だと述べているくだりは、伝記的事実の確定という点では重要かもしれない。 -ノストラダムスからジャン・モレルへ (1560年10月30日)〔1560年11月30日〕 --フランス国立図書館の ms. Lat. 8589に紛れ込んでいた手紙で、ノストラダムスが宮廷に赴いた際に知人から借金をしたことを窺わせる史料としてつとに知られていた。 --全文フランス語で、冒頭に11月29日にモレルからの手紙を受け取ったとあるのに、末尾には「10月末日」と記載されているため、実際には「11月末日」の誤りだろうと考えられている。 --現存する手紙の最後にはモレルの書き込みとして、「2月26日に受け取った」という記載がある。 *コメント  デュペーブのこの文献は、ノストラダムスの手紙に関する基本文献であり、実証的な研究に欠かすことができない。全訳でなく要約にとどまっているため、ラテン語に不自由な読者にとっていささか使いこなしづらいのは事実だが、その要約と注釈だけでも十分に多くの情報をもたらしてくれる。  日本では、[[五島勉]]がこの書簡集の「大事なところを私が読んだうえで、ノストラダムスが言いたかった核心を引き出すこと」((五島『ノストラダムスの超法則 死活の書』p.19))をしたという『[[ノストラダムスの超法則 死活の書]]』(1994年)を刊行したが、全くの別物であり、実際の書簡に出てくるローゼンベルガー、トゥッベ、ロベットらは一言も出てこない。 ---- #comment

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