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*原文
Flora&sup(){1} fuis, fuis le plus&sup(){2} proche Romain&sup(){3},
Au [[Fesulan]]&sup(){4} sera conflict donné:
Sang&sup(){5} espandu&sup(){6} les&sup(){7} plus grans&sup(){8} prins à&sup(){9} main,
Temple ne sexe&sup(){10} ne sera&sup(){11} pardonné&sup(){12}.
**異文
(1) Flora : Florira 1600 1610 1627 1644 1650Ri 1653 1665 1716
(2) plus : plur 1627
(3) Romain : Romin 1627
(4) Fesulan : fesulan 1568 1590Ro 1611B
(5) Sang : Sans 1600 1610 1716
(6) espandu : espandus 1644 1653
(7) les : le 1668P
(8) grans : grand 1668P
(9) à : en 1672
(10) ne sexe : ne sexe ne sexe 1665, ne Sexe 1672
(11) ne sera : sera 1627
(12) pardonné : pardonne 1668P
**校訂
4行目 sexe (性) は secte (宗派) の可能性がある。[[ピーター・ラメジャラー]]は直訳しつつもその可能性を示していたし、[[リチャード・シーバース]]は sect と英訳している。確かにその方が文脈には合っているようにも思われる。
*日本語訳
[[フローラ]]よ、逃げよ。逃げよ、ローマに最も近き者よ。
[[ファエスラエ>フィエーゾレ]]で衝突が起こるだろう。
血が流され、最も偉大な者たちが手中に囚われる。
神殿も性も赦されないだろう。
**訳について
4行目は、sexe を secte と読むのが正しいとすれば、「神殿も宗派も赦されないだろう」となる。宗派と読む方が分かりやすいのは確かだが、性と読むのだとすれば、「神殿も性も」というのは、「宗教者か俗人かも、男性か女性かも関係無しに」といった意味だろうか。
既存の訳についてコメントしておく。
[[大乗訳>ノストラダムス大予言原典・諸世紀]]について。
1行目「フローラは飛んで飛んで もっとも近いローマから」((大乗 [1975] p.204))は、「飛んで飛んで」が誤訳。flee (逃げる) と fly (飛ぶ) の取り違いだろうが、実はこの訳は[[テオフィル・ド・ガランシエール]]がやらかしていたものだった。ガランシエールの場合、もともと誤植が非常に多い本なので、誤訳だったのか誤植だったのか判然としないが、[[ヘンリー・C・ロバーツ]]や[[大乗和子]]がそれを無批判に継承したのは明らかにおかしく、彼らが本当にフランス語原文を読めるのかどうかに疑問を投げかける。
[[山根訳>ノストラダムス全予言 (二見書房)]]は、やはり1行目「フィレンツェ 逃げる 逃げる もっとも近いローマ人」((山根 [1988] p.243))が微妙。確かに、fuis は直説法一人称・二人称単数の現在形および単純過去形でもあるので、現在形の平叙文と訳せないわけではないが、この場合は二人称単数に対する命令形だろう。要するに、「[[フローラ]]よ、(お前は)逃げろ」というわけである。
*信奉者側の見解
[[テオフィル・ド・ガランシエール]]は、[[Fesulan]]がイタリアの地名、[[フローラ]]が花の女神だと述べただけで「あとは平易」と片付けた((Garencieres [1672]))。
その後、20世紀半ばまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、[[ジャック・ド・ジャン]]、[[バルタザール・ギノー]]、[[D.D.]]、[[テオドール・ブーイ]]、[[フランシス・ジロー]]、[[ウジェーヌ・バレスト]]、[[アナトール・ル・ペルチエ]]、[[チャールズ・ウォード]]、[[マックス・ド・フォンブリュヌ]]、[[ロルフ・ボズウェル]]、[[ジェイムズ・レイヴァー]]の著書には載っていない。
[[アンドレ・ラモン]]は、近未来のローマの支配者がイタリアで惹き起こす虐殺事件の予言と解釈した((Lamont [1943] p.269))。
*同時代的な視点
[[ジャン=ポール・クレベール]]の読み方によると、これはローマとフィレンツェの対立の結果、フィレンツェ近郊のフィエーゾレで衝突が起こることを描いているのだという。
ただし、そのクレベールも、[[ピーター・ラメジャラー]]も、モデルの特定には成功していない。
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#comment
*原文
Flora&sup(){1} fuis, fuis le plus&sup(){2} proche Romain&sup(){3},
Au [[Fesulan]]&sup(){4} sera conflict donné:
Sang&sup(){5} espandu&sup(){6} les&sup(){7} plus grans&sup(){8} prins à&sup(){9} main,
Temple ne sexe&sup(){10} ne sera&sup(){11} pardonné&sup(){12}.
**異文
(1) Flora : Florira 1600 1610 1627 1644 1650Ri 1653 1665 1716
(2) plus : plur 1627
(3) Romain : Romin 1627
(4) Fesulan : fesulan 1568 1590Ro 1611B
(5) Sang : Sans 1600 1610 1716
(6) espandu : espandus 1644 1653
(7) les : le 1668P
(8) grans : grand 1668P
(9) à : en 1672
(10) ne sexe : ne sexe ne sexe 1665, ne Sexe 1672
(11) ne sera : sera 1627
(12) pardonné : pardonne 1668P
**校訂
4行目 sexe (性) は secte (宗派) の可能性がある。[[ピーター・ラメジャラー]]は直訳しつつもその可能性を示していたし、[[リチャード・シーバース]]は sect と英訳している。確かにその方が文脈には合っているようにも思われる。
*日本語訳
[[フローラ]]よ、逃げよ。逃げよ、ローマに最も近き者よ。
[[ファエスラエ>フィエーゾレ]]で衝突が起こるだろう。
血が流され、最も偉大な者たちが手中に囚われる。
神殿も性も赦されないだろう。
**訳について
4行目は、sexe を secte と読むのが正しいとすれば、「神殿も宗派も赦されないだろう」となる。宗派と読む方が分かりやすいのは確かだが、性と読むのだとすれば、「神殿も性も」というのは、「宗教者か俗人かも、男性か女性かも関係無しに」といった意味だろうか。
既存の訳についてコメントしておく。
[[大乗訳>ノストラダムス大予言原典・諸世紀]]について。
1行目「フローラは飛んで飛んで もっとも近いローマから」((大乗 [1975] p.204))は、「飛んで飛んで」が誤訳。flee (逃げる) と fly (飛ぶ) の取り違いだろうが、実はこの訳は[[テオフィル・ド・ガランシエール]]がやらかしていたものだった。ガランシエールの場合、もともと誤植が非常に多い本なので、誤訳だったのか誤植だったのか判然としないが、[[ヘンリー・C・ロバーツ]]や[[大乗和子]]がそれを無批判に継承したのは明らかにおかしく、彼らが本当にフランス語原文を読めるのかどうかに疑問を投げかける。
[[山根訳>ノストラダムス全予言 (二見書房)]]は、やはり1行目「フィレンツェ 逃げる 逃げる もっとも近いローマ人」((山根 [1988] p.243))が微妙。確かに、fuis は直説法一人称・二人称単数の現在形および単純過去形でもあるので、現在形の平叙文と訳せないわけではないが、この場合は二人称単数に対する命令形だろう。要するに、「[[フローラ]]よ、(お前は)逃げろ」というわけである。
*信奉者側の見解
[[テオフィル・ド・ガランシエール]]は、[[Fesulan]]がイタリアの地名、[[フローラ]]が花の女神だと述べただけで「あとは平易」と片付けた((Garencieres [1672]))。
その後、20世紀半ばまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、[[ジャック・ド・ジャン]]、[[バルタザール・ギノー]]、[[D.D.]]、[[テオドール・ブーイ]]、[[フランシス・ジロー]]、[[ウジェーヌ・バレスト]]、[[アナトール・ル・ペルチエ]]、[[チャールズ・ウォード]]、[[マックス・ド・フォンブリュヌ]]、[[ロルフ・ボズウェル]]、[[ジェイムズ・レイヴァー]]の著書には載っていない。
[[アンドレ・ラモン]]は、近未来のローマの支配者がイタリアで惹き起こす虐殺事件の予言と解釈した((Lamont [1943] p.269))。
*同時代的な視点
[[ジャン=ポール・クレベール]]の読み方によると、これはローマとフィレンツェの対立の結果、フィレンツェ近郊のフィエーゾレで衝突が起こることを描いているのだという。
ただし、そのクレベールも、[[ピーター・ラメジャラー]]も、モデルの特定には成功していない。
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