反キリスト

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 &bold(){反キリスト}は、本来、キリスト教の教えに背くものの意味であった。偽メシア(偽キリスト)と同一の概念とも解釈され、のちに第二テサロニケ書に登場する『不法の者』、[[ヨハネの黙示録]]に登場する『獣』などとも同一視されたことで、中世の様々な予言文書などで独特の反キリスト像が作り上げられていった。  フランス語では&bold(){アンテクリスト} (Antéchrist) であるが、英語と同じつづりの &bold(){アンチクリスト} (Antichrist) も使われる。『ロベール仏和大辞典』ほか、大きめの仏和辞典ではいずれの綴りも掲載されているが、フランス語訳聖書の中でも世界的に評価が高い通称『エルサレム聖書』(エルサレム聖書学院訳による聖書) および『La TOB』(フランス版共同訳聖書) ではいずれでも antichrist の方が採用されている (それ以前のスゴン訳では antéchrist)。なお、一部のノストラダムス関連書籍では、アンテクリストと反キリストは本来別の概念であると主張されているが、後述するように単なる誤認である。 *聖書における「反キリスト」  聖書で「反キリスト」という言葉がはっきり登場しているのは『第一ヨハネ書』(ヨハネの手紙一)、『第二ヨハネ書』(ヨハネの手紙二) のみである。 -第一ヨハネ書 --「幼子たちよ、いまや終わりの時が臨んでいる。反キリストが来るとあなたがたがかつて聞いたとおり、いままさに多くの反キリストが現れてきた。・・・彼らは私たちから出て行った。むしろ、彼らは私たちに属するものではなかったのである」(第2章18 - 19節。一部略。)((新約聖書翻訳委員会『新約聖書III ヨハネ文書』p.121)) --「偽り者とは、イエスはキリストではないと言って否む者のことでなくて誰のことであろうか。この者こそ反キリスト、すなわち、父と御子を否定する者である」(第2章22節)((出典は同上。)) --「イエスをないがしろにする霊はすべて神から出たものではない。それは反キリスト〔の霊〕である。それが現れることはあなたがたも聞いていたことであるが、いまやすでにそれは世にいるのである」(第4章3節)((新約聖書翻訳委員会『新約聖書III ヨハネ文書』p.126)) -第二ヨハネ書 --「なぜなら、多くの惑わす者たちが世に出てきているからである。彼らはイエス・キリストが肉体において到来することを告白しない。こういう者こそ惑わす者、反キリストである」(7節)((新約聖書翻訳委員会『新約聖書III ヨハネ文書』pp.132-133)) #amazon(4000039288) 【画像】 新約聖書翻訳委員会 『ヨハネ文書』 岩波書店 *起源  反キリストという概念は、ユダヤ教の時点で存在していた偽メシアに起源があるとされる((『新共同訳 聖書辞典』))。 *派生  もともとは上述のように、正統派の信仰と異なるものたちを指す言葉であったが、共観福音書で語られる終末に現れる「偽キリスト」(偽メシア)、『第二テサロニケ書』(テサロニケの信徒への手紙二)で、終末の前に現れて神の宮(神殿)に君臨するとされた「不法の者」や、『ヨハネの黙示録』に描かれた獣のモチーフと重ねあわされることで、偽りの奇跡で人々を惑わし、真のキリスト者たちを迫害する一個の人格としての反キリスト像が形成されていった。  ルターが教皇を反キリスト呼ばわりしたのはよく知られているが、しばしばそうした実在の人物を反キリストと位置づける試みも様々な人物によって展開されていた((以上の参考:マッギン『アンチキリスト』))。  反キリストは中世の予言文書でもおなじみのモチーフであり、[[ティブルのシビュラ]]、[[偽メトディウス]]といった予言文書にも反キリストは登場する。  『ティブルのシビュラ』から該当するくだりを一部引用しておこう。 「その時期に、ダンの民族から、アンチキリストという名の、不正の君主が現れます。彼は破壊の子、驕慢の君主、誤謬の教師、悪行の充満であり、世界を破壊し、誤った幻視によって予兆と大きな徴を示します。彼は魔術によって、天から火が降ってくるように見えさせ、多くのものを惑わします。 (中略) アンチキリストが公然と姿を現し、イスラエルの主の住まいに座ります。彼が支配している間に、2人の有名な人物エリヤとエノクが、主の到来を告げるために活動しますが、アンチキリストは彼らを殺します。」(伊藤博明・訳)((伊藤博明「ティブルのシビュラ - 中世シビュラ文献の紹介と翻訳(1)」『埼玉大学紀要(教養学部)』第45巻第1号、p.11))  この描写には新約聖書に登場していた「反キリスト」「偽キリスト」「不法の者」「獣」が混ぜ合わせられている。  なお、このアンチキリスト(反キリスト)は、最終的に神に遣わされたミカエルによって滅ぼされることになっており、その後に最後の審判を描写して締めくくられている。 #amazon(4309223346) 【画像】 バーナード・マッギン 『アンチキリスト - 悪に魅せられた人類の二千年史』 河出書房新社 *アンテクリスト  フランス語のアンテクリストについて、ノストラダムス関連書籍では次のように主張する者たちがいる。 -[[五島勉]] 「このAntéはフランス語の接頭語のひとつ。しかし、あまり多くは使われない言葉で『先に』『前もって来る』といった意味だ。christ(クリスト)のほうは、もちろんイエス・キリストのこと。  だから、つなげればアンテクリストとは、『キリストに先立って現れるキリスト』、つまり『救世主が現れる前に現れる救世主』という意味になるだろう」((五島『ノストラダムスの大予言IV』p.113)) 「それがアンテクリストなのである。それは&u(){にせ}の救世主だから、真の救世主にそむく反キリスト(アン&u(){チ}クリスト)よりも、いっそうタチが悪い。  アン&u(){チ}クリストはキリストに反逆するだけだが、アン&u(){テ}クリストは、『真の救世主は自分だ』と世にPRして、混乱した末世の、何かにすがりつきたい人々をたぶらかしてしまうのだ」((五島、前掲書、pp.114-115. 傍点は下線で代用)) -[[加治木義博]] 「〔アンテ〕を〔アンチ〕と誤解しているのだが、正確にいえばアンテは「前」ということで〔前キリスト〕。本物のキリストが再臨する前に、キリスト(救世主)を名乗って現れる人間を指している。本物でないから〔にせキリスト〕だし、本物を邪魔するという意味では〔反キリスト〕でもある」((加治木『真説ノストラダムスの大予言』p.137))  要するに、彼らの主張では接頭辞 Anté は「前」の意味だから、本来「反」と訳されるべきではないというのである。だが、それは誤っている。  確かに Anté- の辞書どおりの意味は「前に」である。しかし、Antéchrist の場合はそうではない。『ロベール仏和大辞典』などでは、その語源として、ラテン語の Antichristus の中世における変形 Antechristus が挙げられている。そして、この Antechristus は単なる変形であり、「前」という含意はない。というのは、接頭辞 Ante- はギリシア語系のものであり、ラテン語にはそういう接頭辞がないからである。ゆえに、『ロベール仏和大辞典』が、アンテクリストのアンテを Anti- と全く同じ意味として語源説明しているのは、いたって当然のことと理解できる。  アンテクリストの本来の意味が「前に現れるキリスト」であるという五島や加治木の主張は、接頭辞のにわか勉強から導かれた謬見として退けて問題ないであろう。駄目押しをしておくと、マルコ福音書13章及びマタイ福音書24章に登場する 「偽キリスト」 (新共同訳では「偽メシア」) は、前出の『エルサレム聖書』では、 faux Christs と訳されている(ネストレ・アーラント28版のギリシア語原文では ψευδόχριστοι / pseudochristoi)。もしもAntéchrist という単語が直接的には反キリストを指さず偽キリストの意味するというのなら、そこで使わずにどこで使おうというのだろうか。 #amazon(3438051621) 【画像】 Nestle Aland 28th Edition Greek - English: English Translations: Nrsb and Reb *ノストラダムス関連  ノストラダムス自身が反キリストについて直接的に言及しているのは百詩篇の2篇([[百詩篇第8巻77番]]、[[百詩篇第10巻66番]])と[[アンリ2世への手紙]]のみである。  これらはいずれも現存する範囲では、ノストラダムスの死後2年目に当たる[[1568年版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1568年)]]が最古であり、そういう意味では生前に明白に使用されていたかどうかは確認できない。  もっとも、反キリストは『[[ミラビリス・リベル]]』の主要モチーフの一つであるし、ノストラダムスがその未来像を組み立てた際に、まったく意識をしていなかったとは到底考えられないのも事実である。 ---- #comment
 &bold(){反キリスト}は、本来、キリスト教の教えに背くものの意味であった。偽メシア(偽キリスト)と同一の概念とも解釈され、のちに第二テサロニケ書に登場する『不法の者』、[[ヨハネの黙示録]]に登場する『獣』などとも同一視されたことで、中世の様々な予言文書などで独特の反キリスト像が作り上げられていった。  フランス語では&bold(){アンテクリスト} (Antéchrist) であるが、英語と同じつづりの &bold(){アンチクリスト} (Antichrist) も使われる。『ロベール仏和大辞典』ほか、大きめの仏和辞典ではいずれの綴りも掲載されているが、フランス語訳聖書の中でも世界的に評価が高い通称『エルサレム聖書』(エルサレム聖書学院訳による聖書) および『La TOB』(フランス版共同訳聖書) ではいずれでも antichrist の方が採用されている (それ以前のスゴン訳では antéchrist)。なお、一部のノストラダムス関連書籍では、アンテクリストと反キリストは本来別の概念であると主張されているが、後述するように単なる誤認である。 *聖書における「反キリスト」  聖書で「反キリスト」という言葉がはっきり登場しているのは『第一ヨハネ書』(ヨハネの手紙一)、『第二ヨハネ書』(ヨハネの手紙二) のみである。 -第一ヨハネ書 --「幼子たちよ、いまや終わりの時が臨んでいる。反キリストが来るとあなたがたがかつて聞いたとおり、いままさに多くの反キリストが現れてきた。・・・彼らは私たちから出て行った。むしろ、彼らは私たちに属するものではなかったのである」(第2章18 - 19節。一部略。)((新約聖書翻訳委員会『新約聖書III ヨハネ文書』p.121)) --「偽り者とは、イエスはキリストではないと言って否む者のことでなくて誰のことであろうか。この者こそ反キリスト、すなわち、父と御子を否定する者である」(第2章22節)((出典は同上。)) --「イエスをないがしろにする霊はすべて神から出たものではない。それは反キリスト〔の霊〕である。それが現れることはあなたがたも聞いていたことであるが、いまやすでにそれは世にいるのである」(第4章3節)((新約聖書翻訳委員会『新約聖書III ヨハネ文書』p.126)) -第二ヨハネ書 --「なぜなら、多くの惑わす者たちが世に出てきているからである。彼らはイエス・キリストが肉体において到来することを告白しない。こういう者こそ惑わす者、反キリストである」(7節)((新約聖書翻訳委員会『新約聖書III ヨハネ文書』pp.132-133)) #amazon(4000039288) 【画像】 新約聖書翻訳委員会 『ヨハネ文書』 岩波書店 *起源  反キリストという概念は、ユダヤ教の時点で存在していた偽メシアに起源があるとされる((『新共同訳 聖書辞典』))。 *派生  もともとは上述のように、正統派の信仰と異なるものたちを指す言葉であったが、共観福音書で語られる終末に現れる「偽キリスト」(偽メシア)、『第二テサロニケ書』(テサロニケの信徒への手紙二)で、終末の前に現れて神の宮(神殿)に君臨するとされた「不法の者」や、『ヨハネの黙示録』に描かれた獣のモチーフと重ねあわされることで、偽りの奇跡で人々を惑わし、真のキリスト者たちを迫害する一個の人格としての反キリスト像が形成されていった。  ルターが教皇を反キリスト呼ばわりしたのはよく知られているが、しばしばそうした実在の人物を反キリストと位置づける試みも様々な人物によって展開されていた((以上の参考:マッギン『アンチキリスト』))。  反キリストは中世の予言文書でもおなじみのモチーフであり、[[ティブルのシビュラ]]、[[偽メトディウス]]といった予言文書にも反キリストは登場する。  『ティブルのシビュラ』から該当するくだりを一部引用しておこう。 「その時期に、ダンの民族から、アンチキリストという名の、不正の君主が現れます。彼は破壊の子、驕慢の君主、誤謬の教師、悪行の充満であり、世界を破壊し、誤った幻視によって予兆と大きな徴を示します。彼は魔術によって、天から火が降ってくるように見えさせ、多くのものを惑わします。 (中略) アンチキリストが公然と姿を現し、イスラエルの主の住まいに座ります。彼が支配している間に、2人の有名な人物エリヤとエノクが、主の到来を告げるために活動しますが、アンチキリストは彼らを殺します。」(伊藤博明・訳)((伊藤博明「ティブルのシビュラ - 中世シビュラ文献の紹介と翻訳(1)」『埼玉大学紀要(教養学部)』第45巻第1号、p.11))  この描写には新約聖書に登場していた「反キリスト」「偽キリスト」「不法の者」「獣」が混ぜ合わせられている。  なお、このアンチキリスト(反キリスト)は、最終的に神に遣わされたミカエルによって滅ぼされることになっており、その後に最後の審判を描写して締めくくられている。 #amazon(4309223346) 【画像】 バーナード・マッギン 『アンチキリスト - 悪に魅せられた人類の二千年史』 河出書房新社 *アンテクリスト  フランス語のアンテクリストについて、ノストラダムス関連書籍では次のように主張する者たちがいる。 -[[五島勉]] 「このAntéはフランス語の接頭語のひとつ。しかし、あまり多くは使われない言葉で『先に』『前もって来る』といった意味だ。christ(クリスト)のほうは、もちろんイエス・キリストのこと。  だから、つなげればアンテクリストとは、『キリストに先立って現れるキリスト』、つまり『救世主が現れる前に現れる救世主』という意味になるだろう」((五島『ノストラダムスの大予言IV』p.113)) 「それがアンテクリストなのである。それは&u(){にせ}の救世主だから、真の救世主にそむく反キリスト(アン&u(){チ}クリスト)よりも、いっそうタチが悪い。  アン&u(){チ}クリストはキリストに反逆するだけだが、アン&u(){テ}クリストは、『真の救世主は自分だ』と世にPRして、混乱した末世の、何かにすがりつきたい人々をたぶらかしてしまうのだ」((五島、前掲書、pp.114-115. 傍点は下線で代用)) -[[加治木義博]] 「〔アンテ〕を〔アンチ〕と誤解しているのだが、正確にいえばアンテは「前」ということで〔前キリスト〕。本物のキリストが再臨する前に、キリスト(救世主)を名乗って現れる人間を指している。本物でないから〔にせキリスト〕だし、本物を邪魔するという意味では〔反キリスト〕でもある」((加治木『真説ノストラダムスの大予言』p.137))  要するに、彼らの主張では接頭辞 Anté は「前」の意味だから、本来「反」と訳されるべきではないというのである。だが、それは誤っている。  確かに Anté- の辞書どおりの意味は「前に」である。しかし、Antéchrist の場合はそうではない。『ロベール仏和大辞典』などでは、その語源として、ラテン語の Antichristus の中世における変形 Antechristus が挙げられている。そして、この Antechristus は単なる変形であり、「前」という含意はない。というのは、接頭辞 Ante- はギリシア語系のものであり、ラテン語にはそういう接頭辞がないからである。ゆえに、『ロベール仏和大辞典』が、アンテクリストのアンテを Anti- と全く同じ意味として語源説明しているのは、いたって当然のことと理解できる。  アンテクリストの本来の意味が「前に現れるキリスト」であるという五島や加治木の主張は、接頭辞のにわか勉強から導かれた謬見として退けて問題ないであろう。駄目押しをしておくと、マルコ福音書13章及びマタイ福音書24章に登場する 「偽キリスト」 (新共同訳では「偽メシア」) は、前出の『エルサレム聖書』では、 faux Christs と訳されている(ネストレ・アーラント28版のギリシア語原文では ψευδόχριστοι / pseudochristoi)。もしもAntéchrist という単語が直接的には反キリストを指さず偽キリストの意味するというのなら、そこで使わずにどこで使おうというのだろうか。 #amazon(3438051621) 【画像】 Nestle Aland 28th Edition Greek - English: English Translations: Nrsb and Reb *ノストラダムス関連  ノストラダムス自身が反キリストについて直接的に言及しているのは百詩篇の2篇([[百詩篇第8巻77番]]、[[百詩篇第10巻66番]])と[[アンリ2世への手紙]]のみである。  これらはいずれも現存する範囲では、ノストラダムスの死後2年目に当たる[[1568年版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1568年)]]が最古であり、そういう意味では生前に明白に使用されていたかどうかは確認できない。  もっとも、反キリストは『[[ミラビリス・リベル]]』の主要モチーフの一つであるし、ノストラダムスがその未来像を組み立てた際に、まったく意識をしていなかったとは到底考えられないのも事実である。 ---- ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。

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