百詩篇第2巻44番

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[[百詩篇第2巻]]>44番 *原文 L'aigle&sup(){1} posée&sup(){2} en tour&sup(){3} des&sup(){4} pauillons&sup(){5} Par autres&sup(){6} oyseaux&sup(){7} d'entour&sup(){8} sera&sup(){9} chassée&sup(){10}, Quand bruit des cymbes&sup(){11}, tubes&sup(){12} & sonnaillons&sup(){13} Rendront le sens de la dame&sup(){14} insensée. **異文 (1) L'aigle : L'Aigle 1610 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665 1672 1716 1772Ri (2) posée 1555V 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668A : pousée 1555A 1557U 1557B 1568 1590Ro 1840, poucee 1627, posé 1668P, poussée &italic(){T.A.Eds.} (3) en tour 1555 1597 1630Ma 1840 : entour &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : en tout 1600 1610 1627 1716) (4) des (vers1) 1555 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668 1840 : de &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : le 1644 1650Ri 1653, les 1665) (5) pauillons : Pavillons 1672 (6) autres : autre 1653 1665 1672 (7) oyseaux : Oyseaux 1589PV, oyseau 1653 1665 (8) d'entour : de'ntour 1653, d'Entour 1672 (9) sera : se sera 1627 (10) chassée : cahssée 1605 (11) cymbes 1555V 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665 1716 : cymbres 1555A & &italic(){T.A.Eds.}(&italic(){sauf} : tymbres 1611B 1981EB, Timbres 1672) (12) tubes : tube 1568 1590Ro 1591BR 1597 1600 1605 1610 1611 1628 1649Xa 1716 1772Ri 1981EB, turbes 1668P, Tubes 1672 (13) sonnaillons : Sonaillons 1672 (14) dame : Dame 1590SJ 1649Ca 1650Le 1653 1665 1668 1672 1772Ri **校訂  [[ピエール・ブランダムール]]は2行目 autres oyseaux を autre oyseau に校訂している。これは韻律上の要請によるものである。[[ブリューノ・プテ=ジラール]]、[[ジャン=ポール・クレベール]]、[[リチャード・シーバース]]は支持しているが、[[ピーター・ラメジャラー]]は原文どおり複数形で英訳している。  なお、現代フランス語では aigle は男性名詞なので posée は posé となるべきだが、16世紀にはしばしば女性名詞として扱われたので、posée で何の問題もない((Brind'Amour [1996], Clébert [2003]))。 *日本語訳 天幕の辺りに止まるその鷲は 別の鳥によってその辺りから追い払われるだろう。 シンバル、[[喇叭>ラッパ]]、鈴の騒々しさが 婦人の感覚を麻痺させるであろう時に。 **日本語訳  2行目は[[ピエール・ブランダムール]]の校訂を受け入れた。  3行目 cymbe はシンバル(cymbale)を意味する古語((DALF T.02, p.410))。tube はラテン語 tuba からで[[ラッパ]]の意味((Leoni [1961], Brind'Amour [1996]))。sonnaillon は辞書に見当たらないが、[[マリニー・ローズ]]が指摘するように sonnaille(鈴)に指小辞 -on が付いたものと理解するのが自然だろう((Rose [2002c]))。実際、これを「鈴」(小鈴)以外に訳している論者は見当たらない。  問題は4行目で rendront (rendre) と insensée をどう捉えるかで2通りの訳し方がある。rendre はこの場合「(ある状態に)する」と「戻す」のいずれかに訳せる。ブランダムールはそこで「婦人の感覚」を insensée (無分別な、気の狂った)の状態にすると理解したらしく、...feront perdre ses sens à la dame (婦人にその感覚を失わせるだろう)と釈義した。  他方、 「insensée な婦人」に正常な「感覚」を戻す、と理解する者たちがおり、[[エドガー・レオニ]]、[[エヴリット・ブライラー]]、[[ジャン=ポール・クレベール]]、[[リチャード・シーバース]]、[[ピーター・ラメジャラー]]はいずれもこちらの意味に理解している。  前半律は sens までなので、後者の読みは十分に説得的である。他方、その場合に前置詞 de をとるのが妥当なのか、よく分からない(少なくとも、現代語で「婦人」に「感覚」を戻す意味の場合は à をとる)。ブランダムールの校訂版を出版に導いたピエール・カンストマンは、 insensée が女性形になっていることから、sens ではなく dame に係る後者の読みの方が好ましいのかもしれないという注記を添えていた。  ただ、失神した女性の意識を騒音で取り戻させる、というのなら理解できるが、思慮分別を失った女性が騒音で正気を取り戻すというのは(想定できなくもないが)少々不自然なのに対し、楽器類の騒がしい音が感覚を麻痺させるという文脈理解の方が自然であるように思われたため、あえて当「大事典」の訳は前者を採った。  既存の訳についてコメントしておく。  [[大乗訳>ノストラダムス大予言原典・諸世紀]]について。  1行目 「天幕のあいだを飛ぶ鷲は」((大乗 [1975] p.82。以下、この詩の引用は同じページから。))は誤訳。en tour (entour) は「周辺」の意味なので「天幕と天幕の間」の意味に理解しても間違いではないだろうが、(se) poser は鳥がとまる意味で、「飛ぶ」意味ではない。  4行目「気の狂った婦人に聞こえるときに」は誤訳。上で詳しく述べたように4行目は難しいが、rendre を「聞こえる」の意味に訳すのは無理がありすぎる。  [[山根訳>ノストラダムス全予言 (二見書房)]]について。  1・2行目 「幕舎周辺から追い払われた鷲が/群がる他の鳥に追跡されるだろう」((山根 [1988] p.93。以下、この詩の引用は同じページから。))は、底本の違い。posé は「とまる」の意味になるが、多くの異本に採用された poussée だと「押し出される、追い立てられる」の意味になる。「追い払われた鷲」はその読みに従ったものだろう。たしかに、driven back と英訳したレオニ、driven away と英訳したブライラーなど、かつては類似の読みが見られたが、現在ではブランダムール、クレベール、シーバースが「とまる」の意味に理解しており、あまり支持されているとはいえない。例外はラメジャラーで、2003年の時点では「とまる」と理解していたにもかかわらず、2010年には driven away と訳しなおしている。  4行目「逆上した女に分別を取り戻させるだろう」は、上述の通り、むしろ多数説が支持している読み方である。 *信奉者側の見解  以下の解釈では、4行目は「錯乱した婦人に正気を取り戻させるだろう」というような意味で理解されている。  [[テオフィル・ド・ガランシエール]](1672年)は、ほぼそのまま情景を敷衍したようなコメントしかつけていなかった((Garencieres [1672]))。  [[フランシス・ジロー]](1839年)はナポレオン失脚後のフランス王政復古と解釈した。「鷲」はナポレオンの象徴であり、諸国の軍勢によってこれが追い出されることにより、革命から帝政への熱狂という錯乱した状態にあった「婦人」(フランスの隠喩)は正道である王政に戻った、というわけである((Girault [1839] pp.36-37))。  ほぼ同じ解釈は[[アナトール・ル・ペルチエ]](1867年)、[[チャールズ・ウォード]](1891年)、[[シャルル・ニクロー]](1914年)、[[ジェイムズ・レイヴァー]](1942年)、[[ロルフ・ボズウェル]](1943年)、[[エリカ・チータム]](1973年)、[[ネッド・ハリー]](1999年)らも展開した((Le Pelletier [1867a] p.220, Ward [1891] pp.304-305, Nicoullaud [1914] p.172, Laver (1942)[1952] p.183, Boswell [1943] p.142, Cheetham [1973], Ionescu [1976] p.326, Halley [1999] pp.110-111))。  [[セルジュ・ユタン]](1978年)はナポレオンの失脚と解釈した点は同じだが、4行目の婦人をマリー・ルイーズと解釈した((Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]))。  [[マックス・ド・フォンブリュヌ]](1938年)は追い出される鷲はナポレオン3世と解釈し、ここで予言されているのは彼の失脚と第三共和政の成立であると解釈した((Fontbrune (1938)[1939] p.106, Fontbrune (1938)[1975] p.118))。この解釈は、息子の[[ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ]](1980年)によって踏襲された((Fontbrune (1980)[1982], Fontbrune [2006] pp.299-300))  [[ヘンリー・C・ロバーツ]](1947年)はナポレオンがマリー・ルイーズと再婚した時に、前妻のジョゼフィーヌが嫉妬で取り乱したという解釈をしていたが、[[娘>リー・ロバーツ・アムスターダム]]夫妻の改訂(1982年)では、米軍の航空機がアラブ諸国の上空を飛ぶが、アラブ諸国を助けに来た別の国々によって追い払われるという解釈に差し替えられた。その解釈は、[[孫>ロバート・ローレンス]]の改訂(1994年)では、イラク、クウェートの情勢と結び付けられた((Roberts (1947)[1949], Roberts (1947)[1969], Roberts (1947)[1982], Roberts (1947)[1994]))。 *同時代的な視点  [[ピエール・ブランダムール]]は情景を敷衍するようなコメントしかつけていなかったし、[[ピーター・ラメジャラー]]は「出典未特定」としている。  [[ジャン=ポール・クレベール]]は、1行目が[[百詩篇第2巻23番]]に似ていることや、1475年の英仏の和平においては、英国王の天幕の上に白い鳩が見出されたというエピソードといった、関連する情報を挙げていた。 ---- &bold(){コメントらん} 以下のコメント欄は[[コメントの著作権および削除基準>著作権について]]を了解の上でご使用ください。なお、当「大事典」としては、以下に投稿されたコメントの信頼性などをなんら担保するものではありません (当「大事典」管理者である sumaru 自身によって投稿されたコメントを除く)。 #comment
[[百詩篇第2巻]]>44番 *原文 L'aigle&sup(){1} posée&sup(){2} en tour&sup(){3} des&sup(){4} pauillons&sup(){5} Par autres&sup(){6} oyseaux&sup(){7} d'entour&sup(){8} sera&sup(){9} chassée&sup(){10}, Quand bruit des cymbes&sup(){11}, tubes&sup(){12} & sonnaillons&sup(){13} Rendront le sens de la dame&sup(){14} insensée. **異文 (1) L'aigle : L'Aigle 1610 1627 1630Ma 1644 1650Ri 1653 1665 1672 1716 1772Ri (2) posée 1555V 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668A : pousée 1555A 1557U 1557B 1568 1590Ro 1840, poucee 1627, posé 1668P, poussée &italic(){T.A.Eds.} (3) en tour 1555 1597 1630Ma 1840 : entour &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : en tout 1600 1610 1627 1716) (4) des (vers1) 1555 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668 1840 : de &italic(){T.A.Eds.} (&italic(){sauf} : le 1644 1650Ri 1653, les 1665) (5) pauillons : Pavillons 1672 (6) autres : autre 1653 1665 1672 (7) oyseaux : Oyseaux 1589PV, oyseau 1653 1665 (8) d'entour : de'ntour 1653, d'Entour 1672 (9) sera : se sera 1627 (10) chassée : cahssée 1605 (11) 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が付いたものと理解するのが自然だろう((Rose [2002c]))。実際、これを「鈴」(小鈴)以外に訳している論者は見当たらない。  問題は4行目で rendront (rendre) と insensée をどう捉えるかで2通りの訳し方がある。rendre はこの場合「(ある状態に)する」と「戻す」のいずれかに訳せる。ブランダムールはそこで「婦人の感覚」を insensée (無分別な、気の狂った)の状態にすると理解したらしく、...feront perdre ses sens à la dame (婦人にその感覚を失わせるだろう)と釈義した。  他方、 「insensée な婦人」に正常な「感覚」を戻す、と理解する者たちがおり、[[エドガー・レオニ]]、[[エヴリット・ブライラー]]、[[ジャン=ポール・クレベール]]、[[リチャード・シーバース]]、[[ピーター・ラメジャラー]]はいずれもこちらの意味に理解している。  前半律は sens までなので、後者の読みは十分に説得的である。他方、その場合に前置詞 de をとるのが妥当なのか、よく分からない(少なくとも、現代語で「婦人」に「感覚」を戻す意味の場合は à をとる)。ブランダムールの校訂版を出版に導いたピエール・カンストマンは、 insensée が女性形になっていることから、sens ではなく dame に係る後者の読みの方が好ましいのかもしれないという注記を添えていた。  ただ、失神した女性の意識を騒音で取り戻させる、というのなら理解できるが、思慮分別を失った女性が騒音で正気を取り戻すというのは(想定できなくもないが)少々不自然なのに対し、楽器類の騒がしい音が感覚を麻痺させるという文脈理解の方が自然であるように思われたため、あえて当「大事典」の訳は前者を採った。  既存の訳についてコメントしておく。  [[大乗訳>ノストラダムス大予言原典・諸世紀]]について。  1行目 「天幕のあいだを飛ぶ鷲は」((大乗 [1975] p.82。以下、この詩の引用は同じページから。))は誤訳。en tour (entour) は「周辺」の意味なので「天幕と天幕の間」の意味に理解しても間違いではないだろうが、(se) poser は鳥がとまる意味で、「飛ぶ」意味ではない。  4行目「気の狂った婦人に聞こえるときに」は誤訳。上で詳しく述べたように4行目は難しいが、rendre を「聞こえる」の意味に訳すのは無理がありすぎる。  [[山根訳>ノストラダムス全予言 (二見書房)]]について。  1・2行目 「幕舎周辺から追い払われた鷲が/群がる他の鳥に追跡されるだろう」((山根 [1988] p.93。以下、この詩の引用は同じページから。))は、底本の違い。posé は「とまる」の意味になるが、多くの異本に採用された poussée だと「押し出される、追い立てられる」の意味になる。「追い払われた鷲」はその読みに従ったものだろう。たしかに、driven back と英訳したレオニ、driven away と英訳したブライラーなど、かつては類似の読みが見られたが、現在ではブランダムール、クレベール、シーバースが「とまる」の意味に理解しており、あまり支持されているとはいえない。例外はラメジャラーで、2003年の時点では「とまる」と理解していたにもかかわらず、2010年には driven away と訳しなおしている。  4行目「逆上した女に分別を取り戻させるだろう」は、上述の通り、むしろ多数説が支持している読み方である。 *信奉者側の見解  以下の解釈では、4行目は「錯乱した婦人に正気を取り戻させるだろう」というような意味で理解されている。  [[テオフィル・ド・ガランシエール]](1672年)は、ほぼそのまま情景を敷衍したようなコメントしかつけていなかった((Garencieres [1672]))。  [[フランシス・ジロー]](1839年)はナポレオン失脚後のフランス王政復古と解釈した。「鷲」はナポレオンの象徴であり、諸国の軍勢によってこれが追い出されることにより、革命から帝政への熱狂という錯乱した状態にあった「婦人」(フランスの隠喩)は正道である王政に戻った、というわけである((Girault [1839] pp.36-37))。  ほぼ同じ解釈は[[アナトール・ル・ペルチエ]](1867年)、[[チャールズ・ウォード]](1891年)、[[シャルル・ニクロー]](1914年)、[[ジェイムズ・レイヴァー]](1942年)、[[ロルフ・ボズウェル]](1943年)、[[エリカ・チータム]](1973年)、[[ネッド・ハリー]](1999年)らも展開した((Le Pelletier [1867a] p.220, Ward [1891] pp.304-305, Nicoullaud [1914] p.172, Laver (1942)[1952] p.183, Boswell [1943] p.142, Cheetham [1973], Ionescu [1976] p.326, Halley [1999] pp.110-111))。  [[セルジュ・ユタン]](1978年)はナポレオンの失脚と解釈した点は同じだが、4行目の婦人をマリー・ルイーズと解釈した((Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]))。  [[マックス・ド・フォンブリュヌ]](1938年)は追い出される鷲はナポレオン3世と解釈し、ここで予言されているのは彼の失脚と第三共和政の成立であると解釈した((Fontbrune (1938)[1939] p.106, Fontbrune (1938)[1975] p.118))。この解釈は、息子の[[ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ]](1980年)によって踏襲された((Fontbrune (1980)[1982], Fontbrune [2006] pp.299-300))  [[ヘンリー・C・ロバーツ]](1947年)はナポレオンがマリー・ルイーズと再婚した時に、前妻のジョゼフィーヌが嫉妬で取り乱したという解釈をしていたが、[[娘>リー・ロバーツ・アムスターダム]]夫妻の改訂(1982年)では、米軍の航空機がアラブ諸国の上空を飛ぶが、アラブ諸国を助けに来た別の国々によって追い払われるという解釈に差し替えられた。その解釈は、[[孫>ロバート・ローレンス]]の改訂(1994年)では、イラク、クウェートの情勢と結び付けられた((Roberts (1947)[1949], Roberts (1947)[1969], Roberts (1947)[1982], Roberts (1947)[1994]))。 *同時代的な視点  [[ピエール・ブランダムール]]は情景を敷衍するようなコメントしかつけていなかったし、[[ピーター・ラメジャラー]]は「出典未特定」としている。  [[ジャン=ポール・クレベール]]は、1行目が[[百詩篇第2巻23番]]に似ていることや、1475年の英仏の和平においては、英国王の天幕の上に白い鳩が見出されたというエピソードといった、関連する情報を挙げていた。 ---- ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。

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