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[[百詩篇第8巻]]>57番
*原文
De&sup(){1} souldat&sup(){2} simple paruiendra en empire&sup(){3},
De robe&sup(){4} courte&sup(){5} paruiendra à la longue
Vaillant aux armes&sup(){6} en eglise&sup(){7} ou plus pyre,
Vexer les prestres&sup(){8} comme l'eau fait l'esponge&sup(){9}.
**異文
(1) De : Ce 1627
(2) souldat : Soldat 1672
(3) empire : Empire 1568I 1611B 1653 1665 1672 1716 1840 1981EB
(4) robe : robbe 1568I 1600 1610 1627 1650Ri 1653 1665 1716 1840, Robe 1672
(5) courte : coture 1610 1716, contre 1611A
(6) armes : Armes 1672
(7) eglise : Eglise 1600 1610 1611B 1627 1644 1650Ri 1653 1665 1672 1716 1840 1981EB
(8) prestres : Pressre 1627 1672, Prestres 1644 1650Ri 1653 1665
(9) l'esponge : lesponge 1568A 1590Ro
**校訂
ou は où となっているべき。
*日本語訳
その者は帝国で単なる兵士から出世し、
短いローブから長いローブに成り上がるだろう。
軍隊においては勇敢で、教会ではより悪く、
水がスポンジにするように司祭たちを苦しめる。
**訳について
山根訳1行目「一兵卒から皇帝に成りあがる男」は若干訳しすぎであろう。原文は empereur(皇帝)ではなく empire(帝国)の話であり、帝国内でどこまで出世するのかは明示されていない。ほかの行は特に問題はないだろう。
大乗訳1行目「一兵卒から非常な力を得て」((大乗 [1975] p.244))は、「帝国」が訳に反映されていない。3行目「軍での勇敢さは教会にわるい人をつくらず」は、「つくらず」がどこから出てきたものなのか全く分からない。
*信奉者側の訳
[[バルタザール・ギノー]]のように特定の人物に当てはめず、将来軍人から教皇になる人物が現れることの予言と解釈した者もいるが((Guynaud [1712] pp.321-322))、むしろ特定の人物に当てはめる解釈が多くとられてきた。
[[テオフィル・ド・ガランシエール]](1672年)は、これをほぼ同時代のオリヴァー・クロムウェルに当てはめた。20世紀以降でも、[[ヘンリー・C・ロバーツ]](1949年)のように支持するものはいる((Garencieres [1672], Roberts [1949]))。
しかし、ナポレオン・ボナパルトが台頭してからは、むしろナポレオンにこそ当てはまると見なされるようになった。これは[[テオドール・ブーイ]](1806年)が提唱し、[[アナトール・ル・ペルチエ]](1867年)、[[チャールズ・ウォード]](1891年)、[[ロルフ・ボズウェル]](1943年)、[[ジェイムズ・レイヴァー]](1952年)、[[セルジュ・ユタン]](1978年)、[[ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ]](1980年)、[[エリカ・チータム]](1990年)などが従っている((Bouys [1806], Le Pelletier [1867a] p.214, Ward [1891] p.297, Boswell [1943], Laver [1952], Hutin [1978], Fontbrune [1980/1982] Cheetham [1990]))。
**懐疑的な視点
叩き上げで頂点にのぼりつめ、教会に対して否定的な対応をとるものなど、ほかに何人も指摘しうる。例えば、豊臣秀吉なども、「バテレン追放令」を視野に入れれば十分当てはめることは可能だろう(当時の日本は形式上、天皇を戴く「帝国」である)。予言としての特定性の低さは否めない。
*同時代的な視点
[[ピーター・ラメジャラー]]は、ガスパール・ド・コリニーに当てはめている。
コリニーは一兵卒からの叩き上げで提督の地位に上り詰めた。しかし、1557年にプロテスタントに転向し、カトリック勢力とは対立した((Lemesurier [2003b]))。
「帝国」という語がフランスに似つかわしくないなど、細部に疑問はあるものの、詩の情景はある程度当てはまってはいる。
詩の状況が漠然としているだけに、古代ローマ帝国にもモデルを求めることは可能だろう。
例えば軍人皇帝時代の幕開けとなったマクシミヌス・トラクスや、軍人皇帝時代を終わらせたディオクレティアヌスは、いずれも一兵卒からの叩き上げで皇帝になり、キリスト教の迫害を行っている。
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#comment
[[詩百篇第8巻]]>57番*
*原文
De&sup(){1} souldat&sup(){2} simple paruiendra en empire&sup(){3},
De robe&sup(){4} courte&sup(){5} paruiendra à la longue
Vaillant aux armes&sup(){6} en eglise&sup(){7} ou plus pyre,
Vexer les prestres&sup(){8} comme l'eau fait l'esponge&sup(){9}.
**異文
(1) De : Ce 1627Di
(2) souldat/soldat : Soldat 1672Ga
(3) empire : Empire 1568C 1611B 1653AB 1665Ba 1672Ga 1716PR 1720To 1840 1981EB
(4) robe : robbe 1568C 1606PR 1607PR 1610Po 1627Ma 1627Di 1650Ri 1653AB 1665Ba 1716PR 1720To 1840, Robe 1672Ga
(5) courte : coture 1606PR 1607PR 1716PR, contre 1611A, coure 1650Mo
(6) armes : Armes 1672Ga
(7) eglise : Eglise 1606PR 1607PR 1610Po 1611B 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1667Wi 1672Ga 1716PR 1720To 1840 1981EB
(8) prestres : Pressre 1627Di 1672Ga, Prestres 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1667Wi 1720To
(9) l'esponge : lesponge 1568X 1590Ro
**校訂
ou は où となっているべき。
*日本語訳
その者は帝国で単なる兵士から出世し、
短いローブから長いローブに成り上がるだろう。
軍隊においては勇敢で、教会ではより悪く、
水がスポンジにするように司祭たちを苦しめる。
**訳について
既存の訳についてコメントしておく。
山根訳1行目「一兵卒から皇帝に成りあがる男」は若干訳しすぎであろう。
原文は empereur(皇帝)ではなく empire(帝国)の話であり、帝国内でどこまで出世するのかは明示されていない。
ほかの行は特に問題はないだろう。
大乗訳1行目「一兵卒から非常な力を得て」((大乗 [1975] p.244))は、「帝国」が訳に反映されていない。
3行目「軍での勇敢さは教会にわるい人をつくらず」は、「つくらず」がどこから出てきたものなのか全く分からない。
*信奉者側の訳
[[バルタザール・ギノー]]のように特定の人物に当てはめず、将来軍人から教皇になる人物が現れることの予言と解釈した者もいるが((Guynaud [1712] pp.321-322))、むしろ特定の人物に当てはめる解釈が多くとられてきた。
[[テオフィル・ド・ガランシエール]](1672年)は、これをほぼ同時代のオリヴァー・クロムウェルに当てはめた。
20世紀以降でも、[[ヘンリー・C・ロバーツ]](1949年)のように支持するものはいる((Garencieres [1672], Roberts [1949]))。
しかし、ナポレオン・ボナパルトが台頭してからは、むしろナポレオンにこそ当てはまると見なされるようになった。
これは[[テオドール・ブーイ]](1806年)が提唱し、[[アナトール・ル・ペルチエ]](1867年)、[[チャールズ・ウォード]](1891年)、[[ロルフ・ボズウェル]](1943年)、[[ジェイムズ・レイヴァー]](1952年)、[[セルジュ・ユタン]](1978年)、[[ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ]](1980年)、[[エリカ・チータム]](1990年)などが従っている((Bouys [1806], Le Pelletier [1867a] p.214, Ward [1891] p.297, Boswell [1943], Laver [1952], Hutin [1978], Fontbrune [1980/1982] Cheetham [1990]))。
**懐疑的な視点
叩き上げで頂点にのぼりつめ、教会に対して否定的な対応をとるものなど、ほかに何人も指摘しうる。
例えば、豊臣秀吉なども、「バテレン追放令」を視野に入れれば十分当てはめることは可能だろう(当時の日本も天皇を戴いている意味で「帝国」である)。予言としての特定性の低さは否めない。
*同時代的な視点
[[ピーター・ラメジャラー]]は、ガスパール・ド・コリニーに当てはめている。
コリニーは一兵卒からの叩き上げで提督の地位に上り詰めた。しかし、1557年にプロテスタントに転向し、カトリック勢力とは対立した((Lemesurier [2003b]))。
「帝国」という語がフランスに似つかわしくないなど、細部に疑問はあるものの、詩の情景はある程度当てはまってはいる。
詩の状況が漠然としているだけに、古代ローマ帝国にもモデルを求めることは可能だろう。
例えば軍人皇帝時代の幕開けとなったマクシミヌス・トラクスや、軍人皇帝時代を終わらせたディオクレティアヌスは、いずれも一兵卒からの叩き上げで皇帝になり、キリスト教の迫害を行っている。
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