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&bold(){ピエール・ド・ノートルダム}(Pierre de Nostredame)は、ノストラダムスの弟。
父[[ジョーム・ド・ノートルダム]]が何度か執筆した遺言書の中で言及されていることから、存在が明らかになったが、生没年などの詳しいことは全く分かっていない。
1534年から1535年にかけて書かれた3通の遺言書で言及されているが、1540年代半ば頃に書かれた最後の遺言書では触れられていない((以上は Leroy [1993] p.vi & Tableau généalogique No 2 による。))。このことからすれば、その時点までに亡くなっていた可能性がある。ただし、その最後の遺言書では長男ミシェル(ノストラダムス)の名前もないが、これは執筆当時がノストラダムスの放浪期間とほぼ重なっており、消息不明だったことによるものだろう。ピエールの名前がないことも、死亡ではなく、そのような失踪の類が原因の可能性もある。
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&bold(){ピエール・ド・ノートルダム}(Pierre de Nostredame)は、ノストラダムスの弟。
父[[ジョーム・ド・ノートルダム]]が何度か執筆した遺言書の中で言及されていることから、存在が明らかになったが、生没年などの詳しいことは全く分かっていない。職業は香料商人(épicier)だったという(( Lhez [1968] p.412))。
1534年から1535年にかけて書かれた3通の遺言書で言及されているが、1547年の相続関連の文書では触れられていない((以上は Leroy [1993] p.vi & Tableau généalogique No 2 による。))。このことからすれば、その時点までに亡くなっていた可能性がある。ただし、その最後の文書では長男ミシェル(ノストラダムス)の名前もないが、これは執筆当時がノストラダムスの放浪期間とほぼ重なっており、消息不明だったことによるものだろう。ピエールの名前がないことも、死亡ではなく、そのような失踪の類が原因の可能性もある。
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