ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言 (1590年)

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 『ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言』1590年版は、アントウェルペンの[[フランソワ・ド・サン=ジョール]]によって出版された。  曲がりなりにも「大予言」と訳せる題名を持つ最後の古い『予言集』の版であると同時に、アントウェルペンで出版された珍しい版である(アントウェルペンで出版された19世紀以前の『予言集』は、この1590年版のほかは1792年版しかない)。 #ref(1590Anvers.PNG) 【画像】『驚異の大予言』1590年版の扉((画像の出典:[[http://cura.free.fr/dico2pro/709Cbib16.html]])) *正式名 -Les Grandes et Merveillevses Predictions de M. Michel Nostradamus, dont il en y a trois cens qui n'ont encores iamais esté imprimees. --Esquelles se voit representé vne partie de ce qui se passe en ce temps, tant en France, Espagne, Angleterre, que autres parties du monde. --A Anvers, Par François de Sainct Jaure. 1590. -ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言、未刊であった300篇を含む。 --フランス、スペイン、イギリス、および世界の他の地域において現下に起こっていることもまでも一部描かれている版。  「未刊であった300篇を含む」というのはリヨン系でおなじみの副題だが、「(前述の)著者によって付け加えられた」という句が略されていることと、Dont il en y a という語順(通常は Dont il y en a )の2つの特殊な点が揃っているのは、この版以前には[[1557年海賊版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1557年)]]と[[1589年ルーアン版>ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言 (1589年)]]にしか見られない。 *内容  八つ折版で、ノンブルのない94ページ分である((Chomarat [1989] no.149))。  最初に第一序文(セザールへの手紙)が収録されているが、その日付は1555年6月22日になっている。  続いて百詩篇第1巻1番から第7巻40番([[第6巻のラテン語詩>愚かな批評家に対する法の警句]]を含まない)が収録されているが、[[百詩篇第7巻]]のうち、3番、4番、8番、20番、22番の詩が省かれ、番号がずらされている。結果として、通常の版での第7巻40番は35番になっている((Benazra [1990] p.127 etc.))。  最後のページに「教皇特使の御用印刷業者[[ピエール・ルー]]によって1555年にアヴィニョンで最初に印刷され、上述の閣下の認可を受けた古い版本を新たに再版したノストラダムス予言集の終わり」(Fin des Professies de Nostradamus reimprimées de nouueau sur l'ancienne impression imprimée premierement en Auignon par Pierre Roux Imprimeur du Legat en l'an mil cinq cens cinquinte cinq. Auec priuilege dudict Seigneur.)と記載されている。 *特色  序文の日付については[[1588年ルーアン版>ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言 (1588年)]]を参照のこと。1588年ルーアン版や[[1589年ルーアン版>ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言 (1589年)]]と同じ系譜に属する版と見なされているが、特殊なのはその奥付である。  上に引用したとおり、1555年アヴィニョン版が[[ピエール・ルー]]によって出版されたと明記している。現在、[[1555年アヴィニョン版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1555年アヴィニョン)]]を想定する論者は、この奥付を重要な証言と見なしている。実際、ピエール・ルーが予言集を出版したと主張しているのは、このアントウェルペン版と[[1611年ピエール・ヴァランタン版>ミシェル・ノストラダムス師の百詩篇集と驚異の予言]]だけなのである(厳密に言えば、1589年ルーアン版は最後の部分が破損しているので、同じ奥付が存在していた可能性はある)。  しかし、その証言はピエール・ルーの実際の活動時期と一致しない。この点については、様々な可能性を想定できるが、定説化した見解はない。 *所蔵先  パリのアルスナル図書館に唯一現存している。 ---- #comment
 &bold(){『ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言』1590年版}は、[[アントウェルペン]]のフランソワ・ド・サン=ジョールによって出版された。  曲がりなりにも「大予言」と訳せる題名を持つ最後の古い『予言集』の版であると同時に、アントウェルペンで出版された珍しい版である(アントウェルペンで出版された19世紀以前の『予言集』は、この1590年版のほかは1792年版しかない)。 #ref(1590Anvers.PNG) 【画像】『驚異の大予言』1590年版の扉((画像の出典:[[http://cura.free.fr/dico2pro/709Cbib16.html]])) *正式名 -Les Grandes et Merveillevses Predictions de M. Michel Nostradamus, dont il en y a trois cens qui n'ont encores iamais esté imprimees. --Esquelles se voit representé vne partie de ce qui se passe en ce temps, tant en France, Espagne, Angleterre, que autres parties du monde. --A Anvers, Par François de Sainct Jaure. 1590. -ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言、未刊であった300篇を含む。 --フランス、スペイン、イングランドおよび世界の他の地域において現下に起こっていることもまでも一部描かれている版。  「未刊であった300篇を含む」というのはリヨン系でおなじみの副題だが、「(前述の)著者によって付け加えられた」という句が略されていることと、Dont il en y a という語順(通常は Dont il y en a )の2つの特殊な点が揃っているのは、この版以前には[[1557年海賊版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1557年)]]と[[1589年ルーアン版>ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言 (1589年)]]にしか見られない。 *内容  八つ折版で、ノンブルのない94ページ分である((Chomarat [1989] no.149))。  最初に第一序文(セザールへの手紙)が収録されているが、その日付は1555年6月22日になっている。  続いて百詩篇第1巻1番から第7巻40番([[第6巻のラテン語詩>愚かな批評家に対する法の警句]]を含まない)が収録されているが、[[百詩篇第7巻]]のうち、3番、4番、8番、20番、22番の詩が省かれ、番号がずらされている。結果として、通常の版での第7巻40番は35番になっている((Benazra [1990] p.127 etc.))。  最後のページに「教皇特使の御用印刷業者[[ピエール・ルー]]によって1555年にアヴィニョンで最初に印刷され、上述の閣下の認可を受けた古い版本を新たに再版したノストラダムス予言集の終わり」(Fin des Professies de Nostradamus reimprimées de nouueau sur l'ancienne impression imprimée premierement en Auignon par Pierre Roux Imprimeur du Legat en l'an mil cinq cens cinquinte cinq. Auec priuilege dudict Seigneur.)と記載されている。 *特色  序文の日付については[[1588年ルーアン版>ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言 (1588年)]]を参照のこと。1588年ルーアン版や[[1589年ルーアン版>ミシェル・ノストラダムス師の驚異の大予言 (1589年)]]と同じ系譜に属する版と見なされているが、特殊なのはその奥付である。  上に引用したとおり、1555年アヴィニョン版が[[ピエール・ルー]]によって出版されたと明記している。現在、[[1555年アヴィニョン版>ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1555年アヴィニョン)]]を想定する論者は、この奥付を重要な証言と見なしている。実際、ピエール・ルーが予言集を出版したと主張しているのは、このアントウェルペン版と[[1611年ピエール・ヴァランタン版>ミシェル・ノストラダムス師の百詩篇集と驚異の予言]]だけなのである(厳密に言えば、1589年ルーアン版は最後の部分が破損しているので、同じ奥付が存在していた可能性はある)。  しかし、その証言はピエール・ルーの実際の活動時期と一致しない。この点については、様々な可能性を想定できるが、定説化した見解はない。 *所蔵先  パリのアルスナル図書館に唯一現存している。 ---- #comment

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