百詩篇第11巻91番

原文

Meysnier 1 , Manthi 2 , & le tiers qui viendra
Peste & nouueau insult, enclos troubler:
Aix & les lieux fureur 3 dedans 4 mordra 5 .
Puis 6 les Phocens 7 viendront leur mal doubler.

異文

(1) Meysnier : Meysinier 1672
(2) Manthi : Mauthi 1627 1644 1650Le 1650Ri 1653, Mauth 1665
(3) fureur : furent 1611A
(4) dedans : Dedas 1627 1644 1650Ri 1653 1665
(5) mordra : Mordra 1653 1665
(6) Puis : Pius 1649Xa
(7) Phocens : Phociens 1611 1627 1644 1650Le 1650Ri 1653 1665 1668

日本語訳

メニエ、マンチと来るであろう第三のもの
ペストと新たな襲撃は囲い込みを困難なものに。
エクスとその場所、憤怒が内部に食いつき、
そのあと、フォカエア人が彼らの凶事を倍加させに来るであろう。

信奉者側の解釈

 ジョン・ホーグはこの詩を第二次世界大戦と結び付け、メニエとマンチはともにフランスのレジスタンス運動に参加した人物の名前だとした *1

同時代的な視点

 第11巻の2篇は1594年にジャン=エメ・ド・シャヴィニーが初めて公開した。彼はその際に「メニエ」をオペード男爵ジャン・メニエ(Jean Meysnier, Baron d’Oppède)、「マンチ」を老タンド公の代理人マンチ殿(Le Sieur de Manthi, Lieutenant du vieil Comte de Tende)とし、1545年に初代エクス高等法院長ジャン・メニエが行った虐殺事件や1562年に高等法院でプロテスタントが説教を行ったこと、さらに1588年の政治状況などと結び付けた *2

 第11巻と第12巻の詩をノストラダムスが書いたという確たる証拠はなく、シャヴィニーによる偽作の可能性も疑われている。シャヴィニーの解釈は十分によく当てはまっているといえるが、逆にそれらの事件を基に詩が偽造された可能性も示すものである。


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