百詩篇第5巻25番


原文

Le prince1 Arabe Mars, Sol,2 Venus, Lyon,
Regne d'Eglise par mer3 succombera:
Deuers la Perse4 bien pres d'vn million5,
Bisance, Egipte6, ver.serp.7 inuadera.

異文

(1) prince 1557U 1557B 1568 1589PV 1590Ro 1649Ca 1650Le 1668A 1668P 1772Ri : Prince T.A.Eds.
(2) Sol,: Sol. 1611B
(3) mer : Mer 1672Ga 1712Guy
(4) Perse : Persa 1605sn 1649Xa
(5) million : Million 1672Ga
(6) Egipte : Egipre 1589PV, Ægypte 1672Ga
(7) ver. serp.: ver.serp 1557B 1591BR 1606PR 1649Xa, ver,serp. 1627Di, ver serp 1665Ba 1716PR, versera, 1588-89 1612Me, Ver.Serp. 1672Ga 1712Guy

(注記)ピエール・ブランダムールは、1866年頃に復刻された1611年シュヴィヨ版では4行目の serp. が sepr. となっているとしたが、実際にはその版でも serp. となっている。

校訂

 4行目のver.serp.ピエール・ブランダムールは vers sept. と校訂している。ただし、ブリューノ・プテ=ジラールら後続の論者は従っていない。

日本語訳

火星、太陽、金星(が)、獅子宮(に入る)。アラブの君主(により)、
教会の統治は海から潰されるだろう。
ペルシアの辺りで、まさにほぼ百万。
ビュザンティオンとエジプト(に)、ヴェル=セルプが侵攻するだろう。

訳について

 1行目は普通に読めば、「アラブの君主、火星、太陽、金星、獅子宮」という名詞の列挙にしかならない。アラブの君主を2行目と繋げ、星位を挿入的に読むのは、ピエール・ブランダムールの句読点の打ち方やピーター・ラメジャラーの英訳を参照したものである*1
 1行目と2行目の「アラブの君主」と「教会の支配」の関係は、ラメジャラーの英訳やジャン=ポール・クレベールの釈義に従ったが、逆に捉えることもできなくはない。

 3行目 devers は「~の方へ」「~の辺りで」「~の側に」など、いくつもの意味がある。

 4行目はver.serp.の意味を特定できないため、様々な可能性がある。上の読み方はラメジャラー、クレベールの構文理解を踏まえたが、ラメジャラーは「ヴェル=セルプ」を「とぐろを巻いた蛇」、クレベールは「害虫と蛇」と理解している。ほかにも
  • ビュザンティオンとエジプトに、真の蛇(または真の柩)が侵攻するだろう。
  • ビュザンティオンとエジプトは、真の蛇(またはとぐろを巻いた蛇、真の柩)に侵攻するだろう。
  • ビュザンティオンとエジプトは、北方へと侵攻するだろう。
  • ビュザンティオンとエジプトは、見て、屈曲して、侵攻するだろう。
などの候補がある。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 4行目 「トルコ エジプト バーサープが侵入するだろう」*2の「トルコ」は、Bisance を都市(ビュザンティオン、イスタンブル)ではなく、ビザンティン帝国と解釈するならば、許容される意訳だろうか。

 山根訳について。
 3行目 「ペルシアの方 百万に達せんとする軍勢」*3は微妙。「軍勢」にあたる語はない。確かにそう解釈できる余地はあるが、クレベールが犠牲者の数と解釈しているように、別の解釈の余地もある。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、前の詩(24番)と同質の詩とした上で、(24番を自分よりも占星術に詳しい人物に任せるとしたのと同様)、そういう人物に任せるとだけ書いて、解釈を放棄した*4。当然、ver.serp.も一言も解説していない。

 バルタザール・ギノー(1693年/1712年)は、1行目を星位と解釈したうえで、中東の国々が互いに戦い、ペルシアに100万人近い死者が出ると解釈した*5ver.serp.の意味も、星位の示す時期も明記してはいなかったが、2行目を教会への迫害と解釈したことと併せ、1727年のペルシア情勢予言(第3巻77番)、1792年まで続くキリスト教会への迫害(アンリ2世への手紙)と関連付けており、18世紀の事件と位置付けていた。

 エリゼ・デュ・ヴィニョワ(未作成)(1910年)は、1873年の出来事と解釈した。彼は1行目を星位ではなく、アフリカにも進出したナポレオン3世と、その妃ウジェニーと解釈し、2行目はイタリア統一運動の影響で、ローマ教皇の世俗権力が削がれたこと、3行目はペルシアで約100万人の餓死者が出たこととした。4行目の ver.serp. は vers serp. と引用し、「『蛇が岸辺に置かれる』時の辺りに」(vers le moment du «serpent sur le bord mis»)と釈義し、invadera は単に「行くだろう」(ira)とすることで、エジプトのヘディーヴ(副王)とペルシアの王が、オスマン帝国の首都イスタンブル(ビュザンティオン)に赴いたこととした*6

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、1999年に先立つ時期に起こると想定していた反キリスト到来に関する詩のひとつとし、アジアからヨーロッパへと約100万人がやってくる予言とした。1行目は星位ではなく、アラブの君主以外は「戦争、フランス君主政、放蕩、独裁体制の後で」と釈義し、ver.serp. は「真の蛇」と解釈した上で、「サタンの化身」(Satan en personne)と釈義した*7
 1999年の少し前と解釈する点はアンドレ・ラモン(1943年)だが、前半をアラブの君主が教会勢力に屈すると解釈した。1行目のほとんどを星位と見なし、(年を限定しない)7月と8月の間に起こることを示しているとした*8
 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌも1行目を星位でなく象徴と捉えるのは同じだが、彼はこの詩を1999年以降にトルコやエジプトへのアジアからの侵略があると解釈した*9

 リー・マッキャン(未作成)(1941年)は、1行目の星位を1987年8月21日と解釈した*10
 エリカ・チータム(1973年)は、マッキャンの算定を踏まえた*11。実際に期日を過ぎた最終改訂版(1989年)では、1980年代のペルシア湾岸の情勢と解釈した*12
 レニ・ノーバーゲン(1979年)は、マッキャンに触れていないが、1行目の星位は1987年8月2日(原文ママ)とし、その時にアラブの独裁者が中東を制圧すると解釈した*13
 高橋良典(未作成)(1982年)もマッキャンに触れていないが、この詩を1987年の夏に位置づけ、アラブ生まれの将来の独裁者アンリの暗躍で、中東で大戦が起こると解釈していた*14。しかし、予定期日を過ぎた後に出された高橋の1996年の解釈書では、一切言及されていない*15
 タッド・マン(1993年)はマッキャンに言及しつつも、挙げられている星位は2000年8月にも起こるとして、そちらの時期に起こる戦いと解釈した*16
 ジョン・ホーグ(1997年)は、1987年とする算定を踏まえ、その当時行われていたイラン・イラク戦争などと関連付けた*17。ホーグは、この星位が未来のものならば、2000年8月、2019年8月、2032年8月にも見られるとした。

 ロルフ・ボズウェル(1943年)は、ver.serp.を「真の蛇」と理解し、『ヨハネの黙示録』と関連付けた*18
 内藤正俊(未作成)(1986年)は「真の蛇」とは訳せないとして「ウジ虫、蛇」としつつも、詩の全体的なモチーフは黙示録からの借用と見なした*19

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、ver.serp.を「真の蛇」と理解し、「キリスト教の理想は東洋のイデオロギーに打ち負かされるだろう」とだけ解釈した*20。この解釈は、夫婦やもそのまま踏襲した*21

 セルジュ・ユタン(1972年)は「オスマン帝国の没落」とだけコメントしたが、ボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年)では、第三次世界大戦とする解釈が併記された*22

 五島勉は当初(1979年)、1行目の大半を星位と見なして、1980年代から90年代にかけてのいつかの夏の事件とし、1999年までに起こると想定していた第五次中東戦争=中東大戦の一場面と位置づけ、ver.serp.はアナグラムとしてEE・SR・PRV(電子機・超高空偵察機・無人機)と解釈した*23
 しかし、前述のマッキャン(五島の表記では「マッケン」)の指定していた1987年8月が外れると、1行目は星位ではなく国名の象徴と解釈しなおし、英国(獅子)、日本(太陽)、アメリカ(金星)が、トルコ、エジプトなどとともにイランの辺りに進軍し、100万人集結するような中東大戦が起こると解釈した*24

 五島がいつマッキャンの解釈を知ったのかは定かではないが、日本語文献では、クルト・アルガイヤー『1987年――悪魔のシナリオ』(1985年)の方が先にマッキャン解釈に触れていた(そもそも日本語版タイトル自体が、この算定に立脚していた)。アルガイヤーはマッキャンの算定も踏まえつつ、20世紀のうちには1987年7月31日から8月22日、1989年7月23日・24日、1998年8月21日から23日のいずれかに第三次大戦が起こると解釈し、1998年は遅すぎるので可能性が低いとした*25
 のち、モーリス・シャトラン(1998年)は1998年8月22日を採用し、その日に「ペルシャの100万のアラブ人」(原文ママ)がトルコやエジプトに侵攻すると解釈した*26

 前述の通りチータムはマッキャンの算定を超える情報を提示していなかったが、その日本語版(1988年)では、流智明(未作成)の解釈に差し替えられ、1行目が指し示す時期は1989年7月か1998年8月のいずれかで、後者に中東大戦が起こる可能性が高いとした*27
 飛鳥昭雄も、1行目の大半を星位と見なし、1998年8月21日とした。その期日の前(1997年)には、その日に第三次世界大戦が始まり、1999年までの終息した後に世界政府が樹立されると解釈していた*28。そして、その日に、アメリカがアフガニスタンとスーダンへ巡航ミサイルを打ち込むと、これが第三次世界大戦の「布石」になると解釈した*29。1999年上半期までは、1999年8月前後に第三次世界大戦はあるという解釈だった*30。その後も、シナリオが「圧縮」されていたという観点から、基本的な解釈は変更していない*31
 なお、上杉直胤(1997年)が、1998年8月下旬に「イランを主力とするイスラム中東連合軍が」「ロシアからの援軍を受けて」ヨーロッパ侵攻をすると解釈していたのは、シナリオの類似性から言って、飛鳥の解釈に影響されたものと思われる*32

 加治木義博(1991年)は、1行目を国などの比喩としたが、詩番号から年代を導く手法で1991年・92年・93年のいずれかに、(加治木が90年代前半に起こると想定していた)第三次世界大戦の一場面として、イスラーム勢力の敗北が描写されているとした(加治木は2行目の「教会」を「聖職者」=「イスラーム指導者」と読み替えている)*33

 佐藤天樹(未作成)(1998年)は1999年に起こる第三次世界大戦に関する詩とした*34

 山田高明(2016年)は、近未来のイスラーム勢力のヨーロッパ侵攻に関する詩の一つとした*35

同時代的な視点

 ノストラダムスの時代から見て未来のことを書いているとしたピエール・ブランダムールは、百詩篇第5巻14番百詩篇第5巻23番(未作成)とともに、1594年7月半ばを想定していたのだろうと推測している*36。ノストラダムスは、暦書で16世紀末から17世紀初頭にかけての破局的な状況を描いているので、近い将来にオスマントルコが侵攻してくると考えていたとしてもおかしくはない。

 他方でエドガー・レオニは、「百万」という数字を除けば、この詩とよく似た状況が7世紀にも見られたと指摘している。ペルシアはアラブ人の侵攻を受けてイスラム帝国に編入されたし(642年)、先にエジプトもそうなっていた(641年)。また、655年にアラブの艦隊は東ローマ帝国の艦隊に大勝している*37。こうしたことは詩の情景と確かに一致している。

 ピーター・ラメジャラーは当初、『ミラビリス・リベル』のモチーフとの類似性を指摘する一方で、ノストラダムスの存命中にこの星位になった時期として、1535年から1536年にかけてと、1564年7月を挙げていた*38
 しかし、のちに見解を翻し、1510年代・20年代のオスマン帝国の動向がモデルになっていると解釈した。オスマン帝国はチャルディラーンの戦い(1514年)で、ペルシア(サファヴィー朝)に大勝し、一時は首都タブリーズも占領した。また、1517年にはエジプトのマムルーク朝を滅ぼして同地を支配下に置き、キリスト教勢力にとっての防波堤であったロードス島も1522年に占領、自慢の海軍力で聖ヨハネ騎士団をマルタ島へと追いやっている。
 ラメジャラーは1行目の星位を1513年のものとし、上記のようなオスマン帝国の勢力伸長の前兆と位置付けられていたと指摘した*39
 こちらもまた、詩の情景にかなりの程度あてはまるが、やはり「百万」がネックになる(チャルディラーンの戦いのオスマン側兵力はサファヴィー朝を圧倒したが、その兵力は12万人以上と見積もられている*40。「以上」の幅をやや広くとったとしても、「百万」との隔たりは歴然としている)。
 もっとも、ノストラダムスは歴史を忠実に描いているとは限らない。オスマン帝国の侵攻を警戒していた彼の場合、その脅威を踏まえて韻を踏ませることも考えて、あえて過大に表現した可能性も想定できる。また、16世紀の情報環境から、中東の戦いのデータをどこまで正確にノストラダムスが捉えられたのかという問題もある(そもそも現代でさえもチャルディラーンの戦いの規模の推定には、少なからず幅がある)。こうしたことを考えれば、レオニの主張する7世紀よりも、ノストラダムスと同時代の16世紀の情勢の方が、適切なのかもしれない。

 なお「真の蛇」という読みが正しいのなら、旧約聖書『創世記』に登場する誘惑者としての蛇と関連付けることが出来るのかもしれない。「アンリ2世への手紙」29節には、「サラセン人たちの憎むべき誘惑」という表現が登場しており、イスラム教徒を誘惑者として捉えているように読めるからだ。


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  • これはまだ未来に属することであり、イラクとアフガンあわせて100万近い兵が集まるのだろう。 -- とある信奉者 (2010-03-07 23:12:03)
  • 2015年8月にも「火星、太陽、金星、獅子宮」この星位は見られます。 -- f (2012-02-07 19:41:50)
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*1 Brind'Amour [1993] p.252, Lemesurier [2003b]

*2 大乗 [1975] p.155。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 山根 [1988] p.187。以下、この詩の引用は同じページから。

*4 Garencieres [1672Ga]

*5 Guynaud [1693] pp.310-312, Guynaud [1712] pp.315-316

*6 Du Vignois [1910] p.346

*7 Fontbrune (1938)[1939] p.271

*8 Lamont [1943] p.341

*9 フォンブリュヌ [1982] p.297

*10 McCann [1941] p.412

*11 Cheetham [1973]

*12 Cheetham (1989)[1990]

*13 ノーバーゲン『ノストラダムスの予言した第三次世界大戦』1980年、pp.28-29

*14 高橋『悪魔の黙示666』pp.61-62

*15 高橋『ノストラダムスの遺言』

*16 マン『世紀末の最終大予言』p.159

*17 Hogue [1997]

*18 Boswell [1943] p.324

*19 内藤『大予言トリックの謎』pp.192-195、同『ノストラダムスと聖書の預言』pp.167-168

*20 Roberts (1947)[1949]

*21 Roberts (1947)[1982], Roberts (1947)[1994]

*22 Hutin [1972], Hutin (2002)[2003]

*23 五島『大予言II』pp.129,217-218

*24 五島勉『ノストラダムスの大予言・日本編』pp.142-160

*25 アルガイヤー『1987年――悪魔のシナリオ』pp.120-122

*26 シャトラン『ノストラダムスの極秘暗号』p.180

*27 チータム [1988] p.187

*28 『ムー』no.194 (1997年1月号)pp.42-47。執筆者名義は三神たけると共同

*29 飛鳥昭雄『ノストラダムス恐怖のファイナルメッセージ』1999年、pp.14-15, 274-275, 392-394

*30 飛鳥『ノストラダムス最後の警告』1999年、pp.215-226

*31 『予言・預言対談 飛鳥昭雄×五島勉』p.50

*32 上杉『破滅と再生の世紀』pp.127-128

*33 加治木『人類最終戦争・第三次欧州大戦』p.228

*34 佐藤『ミラクル太陽の世紀』pp.271-272

*35 山田『神々の予定表』pp.73-77

*36 Brind'Amour [1993] pp.252-253

*37 Leoni [1982] p.642. 年代などはいくつか修正したものがある

*38 Lemesurier [2003b]

*39 Lemesurier [2010]

*40 鈴木董『オスマン帝国』講談社現代新書