1644年頃から1665年頃にかけて『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』を何版も刊行した
クロード・ラ・リヴィエールは、1651年にも単独で『予言集』を出版していた。
【画像】第一部の扉
正式名
第一部
- LES PROPHETIES DE M. MICHEL NOSTRADAMVS,
- Dont il y en a trois cens qui n'ont iamais esté imprimées. Adioustées de nouueau par ledit Autheur.
- A LYON, Chez CLAVDe LA RIVIERE, rue merciere à la Science. M.DC.LI.
- ミシェル・ノストラダムス師の予言集。
- 前述の著者によって新たに加えられた未刊の300篇を含む。
- リヨン、メルシエール通りの「科学」(の旗印を持つ)クロード・ラ・リヴィエールの工房にて。1651年。
第二部
- LES PROPHETIES DE M. MICHEL NOSTRADAMVS.
- Centuries VIII. IX. X. Qui n'ont encores iamais esté imprimées.
- A LYON. Chez CLUADE DE LA RIVIERE.
- ミシェル・ノストラダムス師の予言集。
- 未刊であった百詩篇第八・九・十巻。
- リヨンのクロード・ド・ラ・リヴィエールの工房にて。
第一部の題名などは、上の画像に拠った。CLAVDe の e が小文字なのは画像のままだが、rue の r が逆に印字されていることまでは再現していない。
第二部の住所表示は
ダニエル・ルソの紹介に依拠している。
内容
この内容について唯一言及している人物であるダニエル・ルソは、
1644年リヨン版と同じ内容を含むとしていた。
そのことからすれば、第一部は、第一序文(セザールへの手紙)、百詩篇第1巻から第6巻(
ラテン語詩は含むが、補遺篇の
百詩篇第6巻100番は含まない)、第7巻(
43番、
44番を含む44篇)の順に収められているのだろう。
また第二部は、第二序文(アンリ2世への手紙)、百詩篇第8巻から第10巻(
101番を含む)、第11巻(四行詩2篇と
六行詩58篇)、第12巻(
56番を除く10篇)が収められているものと思われる。
所蔵先
書誌
この版については、
ミシェル・ショマラも
ロベール・ブナズラも
1665年リヨン版と同一視していた。
これは、ルソの本のフランス語版で、この版の刊行年部分が M.DC.LI. (1651年)ではなく、M.DC.LXV (1665年)と誤って書かれていたことから、それを基に分類してしまったものと考えられる。
最終更新:2010年07月28日 22:15