百詩篇第5巻90番

原文

Dans les1 cyclades2, en perinthe3 & larisse4,
Dedans l'Sparte5 tout6 le Pelloponnesse7:
Si grand famine, peste8, par9 faulx10 connisse11,
Neuf12 moys tiendra & tout le cherrouesse13.

異文

(1) les : le 1600 1610 1650Ri 1867LP 1716
(2) cyclades : Cyclades 1660 1672
(3) en perinthe : en Perinthe 1611B 1649Ca 1650Le 1660 1668, en printhe 1644 1650Ri 1653 1665 1867LP, Porinthe 1588Rf 1589Rg, Corinthe 1589Me, en Corinthe 1672
(4) larisse : Larisse 1611B 1649Ca 1650Le 1660 1668 1672, Latisse 1588-89
(5) l'Sparte 1557U : Sparte T.A.Eds. (sauf : l'Esparte 1588-89)
(6) tout : toute 1668P
(7) Pelloponnesse : Polloponesse 1588Rf 1589Rg, Pollopenesse 1589Me, Peloponese 1672
(8) peste : peste, paix 1668P
(9) par : far 1672
(10) faulx : feux 1627 1644 1665 1840
(11) connisse : connoisse 1588-89, coninsse 1605 1649Xa, connice 1611B 1660, connise 1665
(12) Neuf : Meuf 1589Rg
(13) cherrouesse 1557U 1557B 1568A 1589PV 1590Ro 1628 1649Ca : cherronesse T.A.Eds. (sauf : Cherronesse 1589Rg 1589Me 1660 1672 1840)

校訂

 1行目 cyclades, perinthe, larisse はそれぞれ Cyclades, Perinthe, Larisse となるべきで、これについては異論がない。
 2行目前半をピエール・ブランダムールは Et dedans Sparte と校訂した*1ブリューノ・プテ=ジラールも支持している。なお、l'Sparte はフランス語の綴りとしてありえない。
 4行目の cherrouesse はブランダムールのように Cherronnesse と直す立場とエドガー・レオニのように chersonèse と直す立場とがある。ブランダムールは押韻の必要性からそう読んでおり、意味としては chersonèse と理解している*2

日本語訳

キクラデス諸島で、ペリントスとラリサで、
スパルタとペロポネソス半島全域で、
非常に大規模な飢饉と悪疫が鎌によって影響を受け、
九ヶ月続くだろう。そしてケルソネソスの全域にも。

訳について

 原文は単なる「キクラデス」と「ペロポネソス」だが、都市名なのか地域名なのかを分かりやすくするため「諸島」「半島」を補った。
 3行目は faux を「虚偽(の)」と「長い柄の鎌」のいずれと訳すのか、connisse はどう訳すのかという2つの問題によって、かなり多様な訳の可能性がある。ここでは faux を「鎌」としたブランダムールの読み方を尊重するとともに、connisseはそれと適合させやすい connissus にひきつける読み方を採用したが、議論の余地はあるだろう。
 4行目の「ケルソネソス」は一般名詞としては「半島」の意味なので、そう訳しても構わないだろう。

 大乗訳はおおむね問題はないが、3行目「大飢きんと疫病がはやり」*3は、faux connisse がどう処理されたのかが全く分からない。もっとも、それは元になったヘンリー・C・ロバーツの英訳の問題点でもある。

 山根訳3行目「空前の飢饉が 偽りの塵埃による悪疫が」*4は faux connisse の訳し方によってはありうる訳。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、地名がエーゲ海沿いやギリシアのものであることを説明しただけだった*5

 その後、1940年代に入るまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、バルタザール・ギノーテオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードマックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)アンドレ・ラモンの著書には載っていない。

 ロルフ・ボズウェルは第二次世界大戦中にギリシアが被っている惨状の描写とし、faux connisse は「誤った知識」すなわちプロパガンダ活動のこととした*6

 セルジュ・ユタンは1830年のギリシア独立戦争とした*7
 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは19世紀のいわゆる東方問題に関連する詩とし、ギリシア独立戦争やクリミア戦争(フォンブリュヌは4行目の「半島」をクリミア半島と解釈した)が描かれているとした*8

 ヴライク・イオネスクは、faux connisse を「偽りの灰の雲」と読むとともに、faux はfeu (火)の誤記の可能性があるとして「火の灰の雲」とも読み、近未来にギリシアに原爆が投下され、その結果の疫病と飢饉が9ヶ月続くことを言ったものと解釈した*9

同時代的な視点

 faux connisse のせいでギリシアの諸地方で飢饉とペストが広まり、それがケルソネソス(おそらくゲリボル半島。Cherronnesse参照)の全域にも飛び火するという内容で、faux connisse 以外には理解しがたい要素はない。

 faux connisse が何かという点では、ピエール・ブランダムールは土星の影響で災厄が広まることの描写だとしており、ブリューノ・プテ=ジラールも支持している。
 ジャン=ポール・クレベールはそういう可能性にも触れてはいるが、むしろ情報がなかったり、誤った情報が伝わったりして災厄が広まる様子を述べているのではないかとした。
 ピーター・ラメジャラーは裏切り者達によって災厄が広まることとし、『ミラビリス・リベル』にあるイスラーム勢力のギリシア侵略と関連付けた*10

【画像】関連地図(キクラデス諸島はその中心となるデロス島の位置で示した)


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最終更新:2010年08月19日 21:09

*1 Brind’Amour [1993] p.278

*2 Brind’Amour [1996] pp.423-424

*3 大乗 [1975] p.171

*4 山根 [1988] p.205

*5 Garencieres [1672]

*6 Boswell [1943] p.232

*7 Hutin [1978/2002]

*8 Fontbrune [1980/1982]

*9 イオネスク [1991] pp.310-311

*10 以上、Brind’Amour [1993] p.276, Petey-Girard [2003], Clébert [2003], Lemesurier [2003b]