予兆詩第139番

予兆詩第139番(旧129番) 1566年11月について

原文

L'ennemi tant à craindre retirer en Thracie,
Laissant cris, hurlemens, & pille desolée:
Cesser1 bruit mer & terre, religion marcie2:
Joviaux mis en route3 : toute secte4 affolée. *1

異文

(1) Cesser 1566Br : Laisser T.A.Eds.
(2) marcie conj.(PB, BC) : Murtie 1566Bra, Martie 1566Brb, murtrie 1594JF, mutrie 1605 1628 1649Xa 1649Ca, nutrie 1650Le 1668
(3) mis en route : unis en route 1566Bra
(4) secte : ceste 1566Bra


校訂

 4行目末尾の marcie は初出の1566Br の中でさえも食い違い、のちの版でも比較的異文が多いが、ピエール・ブランダムールは文脈から marcie と推測し、ベルナール・シュヴィニャールもそれを支持した*2

 なお、初出の Martie / Murtie はフランス語にない綴りである。
 異文のmutrieも同じだが、こちらは流布された分、読み方の推測がなされてきた。
 murtrie, nutrie はフランス語にない上、限定的な異文だったため、特に読み方の可能性は蓄積されてこなかった。

日本語訳

敵はひどく怯えてトラキアに後退する、
悲鳴、怒号、掠奪、荒廃を残しつつ。
海と陸で喧騒が止む。宗教は生気を失う。
ユピテル主義者は潰走させられ、宗派全体が取り乱す。

訳について

 校訂されたmarcieはmarcirの過去分詞女性形と見なせる。
 marcir は、古フランス語で「しおれる、しなびる、生気を失う」(se faner, se fletrir)の意味である*3

 4行目の mettre en route は現代フランス語の成句では「(機械を)始動させる」「(事業を)開始する」などの意味で、信奉者側には「参戦する」と訳したヴライク・イオネスクのように、それに近い読みをする者もいる。
 だが、中期フランス語では「潰走させる、敗走させる」(mettre en déroute)を意味する成句だった*4

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは1566年11月にあてはめ、前半はオスマン帝国がキリスト教徒たちに被害を与えた上で退却することとした。
 また、ユピテル主義者はカトリックのこととした*5

 ヴライク・イオネスク(1990年)は、近未来に起こると想定していた第三次世界大戦で、ヨーロッパに侵攻していたソ連軍が、アメリカによって後退させられる予言と解釈していた*6

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールは、この場合のユピテル主義者を聖職者一般と理解した*7

 前半はオスマン帝国による中央ヨーロッパへの侵攻、後半はキリスト教聖職者への打撃を描写したものと見るのが妥当だろう。


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最終更新:2010年08月28日 10:38

*1 原文は Chevignard [1999] p.182 による。

*2 Brind’Amour [1993] pp.15-16, Chevignard [1999]

*3 LAF p.322

*4 DMF ; Brind’Amour [1993] p.15

*5 Chavigny [1594] p.158

*6 イオネスク[1990]pp.302-303

*7 Brind’Amour [1993] pp.15-16