百詩篇第1巻69番


原文

La grand montaigne 1 ronde de sept 2 estades 3 ,
Apres paix, guerre 4 , faim, inundation 5 ,
Roulera 6 loing abysmant 7 grans 8 contrades 9 ,
Mesmes antiques 10 , & grand fondation 11 .

異文

(1) montaigne : Montagne 1672
(2) sept : septe 1627 1630Ma 1644 1650Ri
(3) estades 1555 1557U 1557B 1588-89 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668A 1840 : stades T.A.Eds. (sauf : estade 1668P, Stades 1672)
(4) Apres paix, guerre : Apres guerre 1588-89, Apres pais, guerre 1605 1628, Apres paix, gerre 1627, Apres pays, guerre 1649Xa, Apres Paix, Guerre 1672
(5) faim, inundation : Faim, Inondation 1672
(6) Roulera : Rouler à 1668P
(7) abysmant : abisuant 1672
(8) grans : grand 1588-89 1605 1628 1644 1649Xa 1653 1665 1668P 1672 HCR
(9) contrades : contades HCR
(10) antiques : antigues 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668
(11) fondation : Fondation 1672

(注記)HCR はヘンリー・C・ロバーツの異文。

日本語訳

七スタディオンの大きな円い山が、
平和、戦争、飢餓、洪水の後で、
遠くへと転がるだろう。広大な諸地方を深淵に投げ込みつつ、
古代遺跡や大きな土台すらも同様に(投げ込みつつ)。

訳について

 3行目 abysmant (深淵に投げ込みつつ)は4行目にもかかっている。要するに「広大な諸地方だけでなく古代遺跡や大きな土台すらも深淵に投げ込みつつ、遠くへと転がるだろう」ということである。上の訳では、各行ごとに分けて訳した都合上、若干分かりづらくなっている。

 大乗訳1行目「大きな山が七つの競技場をとりかこみ」 *1 は誤訳。estadeを「競技場」と訳すことが許容できるとしても、この場合の ronde は「円形の、丸みがかった」を意味する形容詞である。一応、中期フランス語には「取り囲む」という意味の ronder という動詞はあったが *2 、それを採用するとしても、構文上「大きな山が七つの競技場で(何かを)取り囲む」という意味にしかならない。
 同2行目「平和のあとに戦いと 飢きんと 洪水が」は一応そうも訳せる。
 同3行目「大都市を沈ませながら 波打つようにやってくるだろう」はcontradeを「都市」と訳しているのが不適切。ヘンリー・C・ロバーツの英訳では countries が当てられている。

 山根訳1行目「大山 裾回り四千二百歩」 *3 は誤訳。山本弘が推測したように1スタディオン=600フィートを「600歩」と誤訳し、それをもとに換算した結果であろうと思われる *4

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)はエトナ山の一番最近の噴火のときに多くの建物を飲み込んだ様子に当てはまるとした *5

 その後、20世紀までこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、バルタザール・ギノーテオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)は sept estades を七つの丘と解釈し、世界の終末に先立ってローマが崩壊することの予言とした。ローマ崩壊とするモチーフは息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌにも引き継がれた *6
 ロルフ・ボズウェルは詳しい解釈はしていなかったが、sept estades は七大陸と七つの海のことではないかとした *7

 エリカ・チータムは南フランスで大洪水が起きて山のそばの古代遺跡が失われることと解釈し、サロンの近く(実際にはサン=レミの近く)にあるグラヌム遺跡なども想定されているのではないかとしていた。しかし、1988年にリヨン近くで大洪水が起こると、それのことだと解釈を差し替えた *8
 日本語版の『ノストラダムス全予言』では、世界最終戦争の頃にギザの大ピラミッドの謎も解明されることとする原秀人の解釈に差し替えられている。

 五島勉は競技場や古い神殿が多く残る地方が大規模な地盤沈下に見舞われる予言と解釈し、関東地方も有力候補だとした *9 。なお、五島は4行目の mesmes を「古い神殿型の建築物」のことだとしたが、不適切である。mesmes は現代フランス語の même に対応し、五島のような訳し方をする論者は海外には見当たらない。

 川尻徹は「七つの競技場」は国体の会場、つまり「七つの県」と解釈し、「大きな山」は富士山、「古い美術」は現在の七つの都県を描いている歌川広重の『東海道五十三次』と解釈した *10

 藤島啓章は近い将来にベズビオ山(標高1278メートル)が噴火し、周辺地域に大被害をもたらすことと解釈した *11

 池田邦吉は2000年5月5日に起こる大地殻変動でギリシアが古代遺跡もろとも海中に沈みこむことと解釈した *12

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールは釈義をつけているだけで、モデルの提示その他のコメントを一切つけていなかった。

 エドガー・レオニはおそらくベズビオ山の予言だろうとしつつも、予言が執筆されたときよりも後に18回の噴火が記録されているが、ポンペイやヘルクラネウムを滅ぼしたときのような大噴火は起こっていないことを指摘した。高田勇伊藤進もこの線でコメントしている *13

 ジャン=ポール・クレベールも、おそらくベズビオ山噴火の予言だろうとした。ベズビオ山は1548年にも噴火しており、ピエール・ボエスチュオーの『驚倒すべき物語』にも、周辺の都市への被害や噴煙で太陽が隠されてしまったことなどの報告がある。また、ポンペイの遺跡は16世紀半ばにも断片的になら知られ、都市が埋まっていることは認識されていた。
 クレベールは、ノストラダムスが1555年向けの予兆(散文)の中で、1607年にベズビオ山とパエトンが多くの地方で大火災(conflagration)を引き起こすと予言していたことも紹介している *14
 ノストラダムスがこの詩を書いたのは1548年の噴火から間もない頃のことであり、またすぐにでもそれを超える規模の大噴火があると警戒していた可能性は、確かにあるのではないだろうか。

 ピーター・ラメジャラーは『ミラビリス・リベル』に収録された複数の予言書に、シチリア島の古代ギリシア人入植地が津波などの被害を受けたときの様子が描写されていることをもとに、それが投影されているのではないかとした *15


コメントらん
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  • ベスビオス火山噴火によって埋もれたポンペイ市になぞらえて旧文化が死滅した文化大革命とその時のチベットと大躍進(飢餓)最中、1959年のチベット蜂起でのダライラマ14世のインド亡命が予言されている。 -- とある信奉者 (2010-09-04 22:46:32)
  • ポタラ宮は「赤い山」という丘に建てられ’チベット文化’というサイトではその宮殿の大きさは東西360メートル 南北270メートル。つまり一週1260メートル。デルポイやアテナイの1スタディオン=178 mとするなら、およそ7スタディオンになる。丸い山はメタファーで群集のことでノルブリンカ宮殿を囲んだチベット人民を表す。 -- とある信奉者 (2010-09-04 23:22:16)
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