百詩篇第9巻31番

原文

Le tremblement de terre 1 à Mortara 2 ,
Cassich 3 saint George à demy perfondrez 4 ,
Paix assoupie 5 , la guerre esueillera,
Dans temple 6 à Pasques abysmes 7 enfondrez.

異文

(1) terre : Terre 1672
(2) Mortara : Morrure 1600, Morrura 1610 1627 1644 1650Ri, Mortura 1716
(3) Cassich : Cassich. 1568A 1590Ro 1653 1665, Caffich 1644 1650Ri 1650Le, Chassich 1660
(4) saint George à demy perfondrez : saint George a demy perfondrez 1568A 1590Ro, seront verongne demy port 1653 1665, St. George a demy perfondrez 1672
(5) assoupie : assonpie 1611A
(6) temple : Temple 1611B 1660 1672
(7) abysmes : ab smes 1568B

(注記)abysmes は1568B のうち、ショマラ文庫の伝本とハイデルベルク大学の伝本ではab smes と読める。Gallica で公開されているリヨン市立図書館の伝本は ab と smes の間にごくわずかな印字の痕跡が見える。

校訂

 Cassich は1568A の異文が正しければ、何らかの略語として Cassich. と綴られているべきだったのだろう。saint George は Saint George ないし Saint Georges となっているべきだろう。
 その2行目は 1653 と 1665 のみかなり異質だが、4行目と韻を踏んでいないことなどからしても、正統性を持つ異文とは考えられない。また、そこに見られる verongne という語は古語辞典の類にも見当たらず、意味不明である。

日本語訳

モルターラでの大地の震動、
カシックとサン・ジョルジョは半ば崩壊する。
平和は眠らされ、戦争が目を覚ます。
聖堂では復活祭に深淵への穴が開く。

訳について

 2行目は perfondrez (perfondrés)が複数の名詞を受けていることから、Cassich と Saint George(s) を並列的に読んだ。後述のピーター・ラメジャラーの読み方に従えば、「カシック(カルタジローネ)のサン・ジョルジョは半ば崩壊する」となる。なお、Saint George(s) は「聖ゲオルギウス」、「セント・ジョージ」(英)、「サン・ジョルジュ」(仏)など色々な表記がありうるだろうが、マリニー・ローズロジェ・プレヴォジャン=ポール・クレベールらがイタリアの地名ないし建造物名と理解していることから、イタリア語読みした。
 4行目の直訳は「復活祭に聖堂では深淵が底に飲み込まれる」となるが、上では若干意訳した。

 大乗訳1行目「大砲で地震が起き」 *1 は底本に基づく訳としては誤りではない。ヘンリー・C・ロバーツは Mortara を Mortars と綴り、そのまま mortars (臼砲)と英訳したからだ。
 同2行目「キヤシック・セント・ジョージは なかば胸におさめ」はCassichの扱いを棚上げするにせよ、perfondrezが「胸におさめ」となる根拠が不明。ちなみに、ロバーツの英訳は swallowed up (飲み込まれる)である。
 同3行目「戦いは眠れる平和をよびさまし」は一応そうも訳せる。しかし、普通は前半と後半が対比されていると読むべきだろう。

 山根訳はおおむね許容範囲内で、2行目「セント・ジョージの錫の島は なかば水没する」 *2 も、Cassichの訳し方によっては許容される。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、「モルターラはイタリアの町で、Cassich と St George は別の2箇所を意味している」としか書いていなかった *3

 その後、20世紀半ば頃までこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、バルタザール・ギノーテオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードロルフ・ボズウェルの著書には載っていない。

 アンドレ・ラモンは1行目は第二次世界大戦にイタリアが参戦することを言ったもので、そのあとイギリス海軍(ラモンは明示していないが、Cassich を classeと同一視したようである)が地中海にも戦力を割かざるを得なくなったことや、復活祭の時期にナチスがイギリス爆撃を行い、いくつもの教会が被害を受けたことと解釈した *4

 エリカ・チータムは1行目をイタリアのモルターラでの地震、2行目をイギリスでの地震としたが、当初は詳しく解釈していなかった。のちにはアメリカの西海岸で復活祭の時期に大地震が起こる可能性なども示した *5
 日本語版『ノストラダムス全予言』では、アイルランド独立を目指す過激派により、復活祭の日にロンドンの大聖堂で爆弾テロが起こることとする原秀人の解釈に差し替えられた。

 セルジュ・ユタンは第二次世界大戦勃発の様子と解釈したが、具体的な単語などの解釈はしていなかった *6ボードワン・ボンセルジャンは、1858年にモルタラ(Mortara)というユダヤ人青年がカトリック関係者らに拉致され、強引に改宗させられた事件とする解釈に差し替えた *7

 モーリス・A・ラカス(未作成)はかつて1990年代後半に大戦争が起こると解釈しており、その一環でモルターラ周辺から発射されたミサイルによってイギリスの大聖堂が攻撃されることと解釈していた *8

同時代的な視点

 ロジェ・プレヴォは1542年の事件がモデルと推測した。
 その年の6月には北イタリア(モルターラが含まれる)で地震がおき、12月にはシチリア島で地震が起きたからである。後者では、カターニア近郊のカルタジローネでサン・ジョルジョ聖堂の鐘楼が崩壊する被害もあった。
 同じ年の7月にはフランソワ1世とカール5世の戦争も再開されており、さらに復活祭の時期にはカルヴァンがプロヴァンスのヴァルド派に要請を行うことで、フランスの非カトリック信徒が勢いづいていた *9
 ピーター・ラメジャラーもこの読み方を踏襲した。彼の場合、前半で述べられている地震が、後半で起こる出来事の凶兆と位置付けられているとし、後半の出来事は『ミラビリス・リベル』に描かれた将来の戦争と教会制度の危機と解釈した *10

 ジャン=ポール・クレベールは具体的事件との関連付けは行っていないが、モルターラのすぐ南にサン・ジョルジョ・ディ・ロメッリーナ(San Giorgio di Lomellina)があるほか、イタリアにはサン・ジョルジョの付く地名が多いことを指摘している。また、ヴェネツィアが聖マルコの町と呼ばれるように、ジェノヴァが聖ゲオルギウスの町と呼ばれることや、モルターラ市内には中世以来のサン=ジョルジョ宮殿(Palazzo San-Giorgio)があることも指摘している。ただし、サン=ジョルジョ宮殿が地震で大きな被害を受けたことがあるかについては確認できないとした *11

 本当に1542年の事件がモデルなのだとしたら、当時あちこちを放浪していたノストラダムスが居合わせていた可能性もある。あるいはそうでなくとも1549年のイタリア小旅行の際には被災者から話を聞くなり、被災した建物の再建現場を見るなどした可能性がある。
 そう考えれば、この詩はかなり局所的な話題を描いているのかもしれず、地震は北イタリア(それもモルターラ付近)に限定された話題の可能性もある。

 英語圏の文献やその影響を受けた日本語文献では、Saint George を当たり前のようにイギリスと結びつける事例が見られるが、妥当性は疑問である。
 ジャン=ポール・クレベールマリニー・ローズが指摘するように、イタリアにはサン・ジョルジョと付く地名が多い(イタリア語版ウィキペディアでは25箇所が挙げられている *12 )。また、フランスにもサン・ジョルジュを含む地名が多い(DNLF では68箇所が挙げられている)。
 都市名以外にも、スイスとイタリアの国境にあるサン・ジョルジョ山(世界遺産)のような有名な地名もある。
 Saint George(s) がモルターラという北イタリアの地名とともに出ている以上、南仏からイタリアにかけての地名という可能性も想定されてしかるべきだろう。
 なお、Cassich に似た地名としてはモルターラの少し北東にカッサーゴ・ブリアンツァ(Cassago Brianza)という地名もある。これは古くはカッシキアクム(Cassiciacum)といった。Cassich. という綴りが正しく、何らかの略であるのなら、可能性はあるのではないだろうか。



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