百詩篇第5巻16番

原文

A son hault pris plus 1 la lerme 2 sabee 3 ,
D'humaine 4 chair par 5 mort en cendre 6 mettre,
A l'isle 7 Pharos 8 par croisars 9 perturbee 10 ,
Alors qu'a 11 Rodes paroistra 12 dur 13 espectre 14 .

異文

(1) pris plus : prix 1649Ca, prix plus 1650Le 1668 1672 1716
(2) lerme : larme 1644 1650Ri 1653 1665 1672 1716
(3) sabee : Sabee 1649Ca, Sabée 1650Le 1668, Sabæe 1672
(4) D'humaine : D'humanine 1665 1840
(5) par : p' 1557B, pour 1589PV 1649Ca 1650Le 1668
(6) en cendre : encendre 1627
(7) A l'isle : A l'Isle 1597 1605 1611 1627 1628 1649Xa 1653, A Ile 1660, A Isle 1840, L'Isle 1672, A'Isle 1665
(8) Pharos : de Pharos 1644 1653, de Pharo 1665
(9) par croisars : croisars 1589PV, par Croisa 1716, par Croissars 1600 1627 1644 1650Ri 1653 1665 1840 1867LP, par Croisars 1597 1605 1610 1611 1628 1649Xa 1650Le 1668 1672
(10) perturbee : pertubee 1600 1867LP 1660, pertubée 1716, Perturbée 1772Ri
(11) qu'a : qu'à 1568 1597 1611 1627 1628 1644 1649Xa 1653 1665 1772Ri 1840, qua 1672
(12) paroistra : pa#oistra 1611B
(13) dur : deux 1600 1610 1627 1644 1650Ri 1653 1665 1716 1840, dure 1649Ca 1650Le 1668P
(14) espectre : spectre 1668P

(注記1)1588-89では、3-4-1-2の順で、III-30に差し換えられており、不収録。
(注記2)1611Bの四行目 paroistra は r が逆に印字されている(#で代用)
(注記3)1590Roは比較せず

校訂

 4行目の qu'a は当然 qu'à となっているべき。

日本語訳

シェバの涙はもはや高価ではなく、
人の肉身は死によって灰となる。
ファロス島では十字軍兵士たちによって錯乱させられる。
その時ロードスでは苛烈な亡霊が現われるだろう。

訳について

 1行目の pris は現代の prix と同じ。中期フランス語では pris とも prix とも綴った *1 。また、plus はne を伴わなくても否定の副詞として「もはや~もない」などの意味にもなり、エドガー・レオニなどもそう読んでいた。中期フランス語では「なおも」(encore)の意味もあったので、仮にそれを採るならば、「シェバの涙はなおも高価で」となるか。

 大乗訳はとくに問題はない。

 山根訳1行目「サビーヌ人の涙は無価値なものとなろう」 *2 は解釈をまじえており、不適切。サビーヌ人(サビニ人)は古代イタリアの民族だった。
 同4行目「そのときロードスで 恐るべき光景が見られよう」は、espectre が実体の無い幻や亡霊を指すことを考えると、やや不適切か。

 五島勉訳の1行目「サベの涙が最も高くなるとき」 *3 は誤訳だろう。plus が haut にかかっていると見るのは強引すぎる。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、「シェバの涙」をある詩人の詩句を引用しつつ、乳香のこととした。その上で前半は、土葬ではなく火葬が行われるようになり、防腐処理として死体に塗るための香料の需要が減ることとした。後半はほぼそのまま、ロードス島に亡霊が現われるとき、ファロス島ではキリスト教徒たちによる騒動が持ち上がることと解釈した。


 エリカ・チータムは sabee をサビニ人(古代イタリアの民族)と読み替えることで、第二次世界大戦に関する詩と解釈した *4

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、第三次世界大戦中の一場面とした。sabeeの読み方の違いから、「シェバの涙」は「涙に暮れること」に近い形で訳されている *5

 クルト・アルガイヤーは「シェバの涙」を石油とした上で、1980年代に石油が枯渇することで戦争に結びつく危険があると解釈していた *6

 五島勉も湾岸危機の最中に書かれた『ノストラダムスの大予言・中東編』で「シェバの涙」を石油とし、近く石油がさらに高騰するときに、より大きな戦争が起こる危険度も高まると解釈していた *7

懐疑的な見解

 「シェバの涙」を石油と訳すことの当否は、そちらの記事を参照のこと。

同時代的な視点

 エドガー・レオニは「シェバの涙」を乳香とした。そして、ファロス島を含むエジプトは1517年に、ロードスは1522年にオスマン帝国領になっているので、十字軍云々はキリスト教徒の海賊などがアレキサンドリア周辺を襲撃することではないかとした *8

 ピーター・ラメジャラーは、オスマン帝国によるロードス島攻略(1522年)がモデルになっているとした。「シェバの涙」は乳香としたが、没薬と混同している可能性も指摘した *9


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