フランス革命期の偽の百詩篇

 ここでは『予言集』偽サロン版に収録された偽の詩篇を扱う。1800年頃に出版された偽サロン版は、他の版とは大きく異なる多くの詩篇を含んでいる。それらは第一共和政(1792年 - 1804年)の頃に起こった事件をモデルとして偽作されたものに過ぎない。特殊な偽作のため、後の版にもほとんど引き継がれることはなかった。

百詩篇第5巻77番

Le noir qu'aura de tous les Saints le nom,
Conquestera l'Isle Saint Dominique;
Le blanc qu'accourt au bruit de son renom.
Le sousmettra à la grand République.

全ての聖人たちの名を持つであろう黒人が
聖なる安息日の島を占領するだろう。
その名声の騒ぎに駆けつける白人は
彼を偉大な共和国に従わせるだろう。

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 「全ての聖人たち」(tous les Saints)は万聖節を意味するトゥーサン(Toussaint)にかけた言葉遊びで、「聖なる安息日」(Saint Dominique)は同じ語源を持つサン・ドマング(Saint Domingue)のことであろう。
 この詩はフランス革命中に起きたサン・ドマング島(現ハイチ)の黒人奴隷の反乱と、その指導者トゥーサン・ルヴェルチュールを描写したものである。ルヴェルチュールは1802年にナポレオンの義弟ルクレールの軍隊に敗れ、囚われた。

百詩篇第6巻93番

Dans maint citez maint échaffaud dressez,
Seront rougis du sang de Noble et Prestre;
Nones & clercz à mourir empressez,
Tous trucidez à l'envi voudront estre.

多くの都市に立てられた多くの断頭台は、
貴族と司祭の血で赤くなるだろう。
修道女と聖職者は死へ追い立てられ、
皆殺しにされたものたちは我先にそうなりたがるだろう。

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 フランス革命期の貴族や聖職者への弾圧の様子を描写したものである。

百詩篇第8巻56番

Peuple Celtique estra long-temps vexé
Par libidine & gent diabolique,
Que sang humain à si grands flots versé,
Arrousera tout le payz Gallique.

ケルトの人々は長い間苦しめられるだろう、
悪魔のごとき好色な民族によって。
それで人の血があまりにも多く流されて、
ガリアの全土を潤すだろう。

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 周辺諸国の反革命的な干渉を描いたものだろうか。後半はフランス人の血とも読めるが、後に国歌となる『ラ・マルセイエーズ』の歌詞(敵の血で田野を潤せ、というフレーズがある)との類似性を考えると、敵の血を多く流させるとも読める。

百詩篇第8巻68番

Guerrier Corsicq de loingtaine contrade,
Subit retourne au grand heur des Gallois:
Les quiumvirs tost décheoir de hault grade,
Et Montaignards réduits estre aux abois.

離れた地方のコルシカ人戦士は
突然にガリア人たちの大衝突に戻ってくる。
五頭政治の執政官たちはすぐにその高位から失墜し、
山岳派の者たちは窮地に追いやられる。

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 2行目 heur (幸運)は heurt (衝突)のことだろう。3行目の quiumvirs は辞書にないが、triumvir (三頭政治の執政官)などと同系統の造語と思われる(ただし、普通「5」を意味する接頭辞は quinqu(a)- である)。
 ナポレオンがエジプトから急遽帰国し、左派系議員が支配的だった議会をひっくり返し、5人の総裁から構成される総裁政府を打倒したブリュメール18日のクーデター(1799年)を描いたものだろう。後述するように、この詩はもっと曖昧に書かれたバージョンが存在する。

百詩篇第8巻75番

Grand pugne & clade entre coq & l'aigle,
En terre Belge & non loing de Flurus:
Le cent pour cent rendra l'orge & le seigle,
Par sang versé des vainqueurs & vaincus.

雄鶏と鷲の間で大きな争いと損害が、
フルーリュスから遠くないベルギーの地で。
大麦とライ麦を百パーセント取り戻すだろう、
勝者たちと敗者たちが流した血によって。

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 pugneclade はともに現代フランス語にないが、ラテン語の pugna (争い、戦闘)と clades (損害、災い)から派生した語だろう。いずれもノストラダムス本人の詩に使用例がある。
 「雄鶏」はフランス、「鷲」はオーストリア(神聖ローマ帝国)で、フランスが大勝したフルーリュスの戦い(1794年)を描いたものと思われる。後半は不明瞭だが、フルーリュスでの勝利の後、ベルギーからかなりの搾取を行ったことを指すのかもしれない。

百詩篇第9巻12番

Dans siecles ou deux se verra chose estrange,
Rixe intestine & Throsne mis à bas,
Roy trucidé plus digne de louange,
Que d'expirer soubs large coustelas.

二に奇妙なことが起こるであろう時代に
内乱があり、玉座は打倒される。
殺された王は賞賛を受けるほうが相応しい、
大きな肉切り包丁の下で息絶えるよりも。

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 1行目 se verra は活用形からすると単数の名詞を受けている。ここでは chose estrange を主語にとり、「二」は1792年の下一桁と理解した。王党派の立場からルイ16世の処刑(1793年)を振り返ったものだろう。ルイは1792年の第一共和政成立の後、急速に立場が悪化した。

百詩篇第9巻16番

D'Arcole & de Lodi en pays Italique,
Au temps futur les coqs l'aigle repoulseront;
Tedesq, Hongrois, Lombards, armée Germanique,
Devant Gaulois vainqueurs bagage plieront.

イタリア地方のアルコレとローディから、
雄鶏たちは将来において鷲を追い払うだろう。
チュートン人、ハンガリー人、ロンバルディア人とゲルマニア軍は
ガリア人の勝者たちを前に荷物をまとめるだろう。

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 Tedesq は Tudesque のことだろう。ロベール・ブナズラが引用している原文では1行目の pays が paix になっているが、明らかに誤植である。先の詩と同じく「鷲」はオーストリアの隠喩であろう。
 ナポレオンが率いたフランス軍は、1796年のイタリア遠征の際に、ローディの戦いとアルコレの戦いで相次いでオーストリア軍を撃破した。「荷物をまとめる」(plier bagage)はフランス語で逃げ出すことを意味する成句。

百詩篇第9巻35番

Pugne meurtrier aux champs de Ligurie,
Gaule perdra le chef de ses guerriers;
Rester victoire à l'ours de Sybérie,
Mais sang des siens rougira ses lauriers.

リグリアの野での多くの人命を奪う争い。
ガリアはその兵士達の指揮官を失うだろう。
シベリアの熊に勝利は残るが、
麾下の者たちの血がその月桂冠を赤くするだろう。

コメント

 「シベリアの熊」は明らかにロシアだろう。1799年にフランス軍はロシアのスヴォーロフが率いる軍隊と北イタリアで何度も戦ったが、いずれも敗北した。この詩は、フランスが敗北しようと相手に大打撃は与えたということなのかもしれない。
 3行目を「シベリアの熊への勝利は残るが」のように読むならば、フランスがオーストリアに勝利したマレンゴの戦い(1800年)の可能性もある。このときロシアと直接争ってはいないものの、オーストリアはロシアなどとともに第二次対仏大同盟を結成していた。また、この戦いは最終的にフランスの勝利に終わったものの、6000人を超える犠牲者を出し、勝利に貢献した援軍の指揮官ドゼーも戦死した。

百詩篇第10巻8番

Le More blanc d'Autriche, de Germanie,
Fera trembler les renommés souldarts;
Valeur Gauloise & martial génie,
Esbranlera le Trosne des Caesars.

白いモール人がオーストリアとゲルマニアの
名だたる兵士たちを震撼させるだろう。
ガリアの傑物にして軍事の天才が
皇帝たちの玉座を動揺させるだろう。

コメント

 1行目を素直に読むと「オーストリアとゲルマニアの白いモール人が」となる。しかし、文脈からオーストリアとゲルマニアは2行目に係っていると判断した。モール人(More)がモロー(Moreau)の言葉遊びとするならば、モロー将軍がオーストリア軍を撃破したホーエンリンデンの会戦(1800年)と解釈できる。

百詩篇第10巻49番

Francque exercite à travers le Teyrol,
Doit surmonter veillemment mille obstacles;
Le coq de l'aigle imitera le vol
Mais plus vaillant fera plus grands miracles.

チロルを横断するフランスの行軍は
夜通しで無数の障害を乗り越えなければならない。
雄鶏は鷲が飛ぶのを真似るだろう。
しかし、より勇敢な者がいっそう大きな奇跡を生み出すだろう。

コメント

 exercite は現代語の exercice と同じ *1 。Teyrol は Tirol と同じだろう。veillemment は不明だが、veille (夜更かし)の副詞化と判断した。チロル地方での戦いの様子だろうが、特定できない。
 チロルが厳密な地理区分でなくアルプス山脈の一部という程度で用いられているのだとしたら、ナポレオンのアルプス越えを描いたものかもしれない。

百詩篇第10巻96番

Quel advenir ! quel fascheux temps approche:
Les morts seront troublez dans les tombeaux
Frere, germain, l'ami, le proche au proche
Pour rouge & blanc causera bien des maux.

何という未来か!どれほど辛い時代が近づいているのか。
死者たちは墓の中で妨げられるだろう。
兄弟、本いとこ、友人、近しい同胞は
赤と白のために多くの害悪を引き起こすだろう。

コメント

 赤は共和派、白は王党派を表す。フランス革命期の混乱を描写したものだろう。


 以上はマリオ・グレゴリオが私蔵・公開している版に基づいている *2 。しかし、リヨン市立図書館ミシェル・ショマラ文庫では、上記のうち第8巻68番が全く別の詩になった上で、同じ巻の79番と82番も差し替えられている *3ロベール・ブナズラは、上に掲げた第8巻68番を68a、下に掲げる68番を68bと便宜的に区別した。当「大事典」でもその区分に従う。

百詩篇第8巻68番(b)

Pugne sanglant à l'entour de Plaisance,
Entre Gaulois & venus d'Arkangel:
L'ours de Russie au gentil coq de France
Donra la chasse & prendra le drapel.

プレザンスの周囲で血まみれの争いが、
ガリア人たちと大天使に由来する人々の間で。
ロシアの熊はフランスの高貴な雄鶏に
追い討ちをかけ、旗を奪うだろう。

コメント

 プレザンスは南仏の地名、およびミラノの南東に位置するピアチェンツァのフランス語名。この場合はピアチェンツァと見るべきだろう。大天使はミカエル(ロシア名ミハイル)で、ミハイル・ロマノフが開いたロマノフ王朝の隠喩だろう。1799年の北イタリアの各戦場では、フランス軍はロシアのスヴォーロフが率いる軍隊にたびたび敗北した。

百詩篇第8巻79番

Les habitants des deux bords de la Seine,
Dans la saison que meûrit le raisin,
Seront occiz, jugulez par centaines,
Et le voisin craindra pour son voisin.

二箇所のセーヌ河岸の住民たちは
葡萄の実が枯れる季節に
数百人によって殺され、阻まれるだろう。
隣人は隣人の安否を気遣うだろう。

コメント

 フランス革命期にパリで起きた大虐殺というと、最有力は「九月の虐殺」(1792年)だろうか。もっとも、これはパリの九箇所の監獄を民衆が襲い、1000人以上の囚人たちを殺害した事件だった。

百詩篇第8巻82番

Guerrier fameux de loingtaine contrade
Subit retourne au grand heur des Gallois:
Les gouvernants tost décheoir de hault grade,
Et partisans réduicts estre aux abbois.

離れた地方の名高い戦士は
突然にガリア人たちの大衝突に戻ってくる。
統治者たちはすぐにその高位から失墜し、
党派の支持者たちは窮地に追いやられる。

コメント

 グレゴリオ本の第8巻68番を少し改変したものである。収録詩篇数から言えば、こちらの方が後に作成されているはずだが、曖昧さが増している。あまりにもあからさますぎると判断されて、表現が手直しされたのだろうか。



【画像】『ナポレオン戦争全史』

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