百詩篇第4巻32番

原文

Es 1 lieux & temps chair au 2 poiss. 3 donrra 4 lieu:
La loy 5 commune sera faicte au contraire 6 :
Vieux 7 tiendra fort, puis oste 8 du milieu
Le πάντα κοίνα φιλώμ 9 mis fort arriere.

異文

(1) Es : En 1588-89
(2) au : ou 1600 1610 1716
(3) poiss. 1555 1627 1644 1650Ri 1653 1840 : poisson T.A.Eds. (sauf : poissons 1716)
(4) donrra : dorna 1649Ca
(5) loy : Loi 1712Guy
(6) au contraire : an contraire 1589PV
(7) Vieux : Vieil 1594JF Vieu 1627
(8) oste 1555 1840 : osté T.A.Eds.
(9) πάντα κοίνα φιλώμ 1555 1840 : Pánta choina philòn 1557U 1557B 1568, Ponta, Choina, Philan 1588Rf, Ponta, Choinan, Philan 1589Rg, Ponta Choina Philan 1589Me, Pàuta choina philòn 1590Ro, Panta choina philon 1589PV 1597 1600 1611 1649Ca 1716, Panta chiona philon 1605 1610 1628 1649Xa 1660, Panta coina philôn 1627 1644 1650Ri 1653 1665, Pantacoina Philon 1650Le 1668, Panta, Choina Philon 1672, Pantacoina, Philon 1712Guy, Panta Chiona Philon 1772Ri, πάντα φιλών κοίνα 1594JF(p.82), πάντα φιλόν κοίνα 1594JF(p.170)

校訂

 3行目の oste は多くの版がそうであるように osté の方が適切。

日本語訳

しかるべき場所と時分に肉は魚に場を譲るだろう。
共有の掟が逆さまに作られるだろう。
老人は強く保つであろうが、その場から除外されるだろう。
「パンタ・コイナ・フィロン」はひどく遠ざけられる。

訳について

 3行目 osté du milieu はピエール・ブランダムールによれば、「抹消される」「暗殺される」を意味する成句だという。ここでは「その場から除外される」と直訳しても、そうした意味を汲み取ることは可能と判断した。
 4行目はギリシア語が使われていることから、そのままカタカナ書きした。高田勇伊藤進訳の「『友人間ノスベテノモノハ共有ナリ』は撤回されん」 *1 は、そのあたりの区分が視覚的に分かる上に意味も分かりやすい良訳だが、口語体で同じことをやると冗長になるので採用しなかった。

 大乗訳1行目「いろいろな場と時のうちに 魚に場所が与えられ」 *2 は、前半の訳し方が微妙な上に、肉(chair)が訳に反映されていない。
 2行目は誤りといえないが commune を「一般」と訳すのが、文脈上疑問である。
 3行目「老いた人はすばやく立ち それからとりさられ」は、tiendra fort が「すばやく立つ」となる根拠が不明。
 4行目「友人の間のありきたりな物事は かたわらに置かれるだろう」は不適切。「ありきたりな」は2行目同様、この場合不適切。mis arriere は écarté (遠ざけられる、排除される)を意味する成句 *3

 山根訳は3行目「古い秩序は抵抗するだろうが やがて舞台から駆逐され」 *4 が意訳をまじえすぎに思える。
 同4行目「ついで朋友が共有する物いっさいが はるか後方へ押しのけられてしまう」は、パンタ・コイナ・フィロンが「友人の間では全てのものが共有である」という格言を意味するので、そういう原則が押しのけられると捉えるべきだろう。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、1561年3月の予言としたが、1行目は「周知のこと」としか書かなかった。2行目は四旬節の時期に肉を自由に食べられるようになったことと、公の場で売ってよくなったこととした。3行目は1567年とし、大元帥アンヌ・ド・モンモランシーの負傷と死についてとした *5

 テオフィル・ド・ガランシエールは「パンタ・コイナ・フィロン」を英語とラテン語に訳し、「友人の間では全てのものが共有である」(All things are common among friends)の意味だとした上で、「残りは平易」で片付けた *6

 バルタザール・ギノー百詩篇第4巻28番から33番までの錬金術的な詩の一つとした *7

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)はほとんどそのまま敷衍したような注記しかつけておらず、詳細な解釈は不明だが、1937年の政治情勢の中で触れている *8

 アンドレ・ラモンはペタン元帥によるヴィシー政権とその未来についてと解釈していた *9
 セルジュ・ユタンも老人をペタン元帥と解釈し、ヴィシー政権成立による第三共和政の終焉と解釈した *10 。なお、詳述していないのでよく分からないが、4行目のパンタとペタンを関連付けているようである。

 エリカ・チータムは共産主義の没落についての詩で、1973年 *11 の時点で米ソが手を組むことになるのではないかと述べており、1990年の著書では、それが現実のものになっているとした *12
 なお、チータムの著書の日本語版では、肉食の欧米人によって、魚のような肉、つまり日本人の捕鯨がバッシングされるという原秀人の解釈に差し替えられている。

 ヴライク・イオネスクは20世紀における共産主義の退潮と解釈した *13

同時代的な視点

 1724年の匿名の論文「ミシェル・ノストラダムスの人物と著作に関する批判的書簡」では、ローマ教皇パウルス3世(在位1534年 - 1549年)のこととされた *14

 ピエール・ブランダムールは、「パンタ・コイナ・フィロン」がエラスムスの『格言集』でも引用されていたことを指摘するとともに、百詩篇第3巻67番百詩篇第4巻31番とともに、再洗礼派の動き、特に1534年から1535年のミュンスターの蜂起をモチーフにしたものと解釈した。高田勇伊藤進もそれを踏襲した *15ジャン=ポール・クレベールも同じような解釈だが、ブランダムールが暮らし向きの悪化の表現と捉えた1行目については、四旬節についての言及ではないかとした。1520年代の動きに重点を置いているが、再洗礼派の描写と捉える点ではロジェ・プレヴォも同じである *16

 ピーター・ラメジャラーは主たる典拠をフロワサールの年代記に見られるイングランドの農民反乱(1321年)におけるジョン・ボールの演説と見なし、それがノストラダムスと同時代の再洗礼派の動向に重ねられていると推測した *17


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  • 1989年の東欧革命で露呈した共産主義の失敗。 -- とある信奉者 (2011-01-20 21:52:37)
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