六行詩26番

原文

Deux freres sont de 1 l'ordre Ecclesiastique 2 ,
Dont 3 l'vn prendra pour la France la picque,
Encor 4 vn coup 5 si l'an 6 six cens & six
N'est 7 affligé 8 d'vne grande maladie 9 ,
Les armes 10 en main iusques six 11 cens & dix,
Gueres 12 plus loing ne s'estendant 13 sa vie.

異文

(1) sont de : de 1600Mo
(2) Ecclesiastique : Ecclesiestique 1627
(3) Dont : D'ont 1644
(4) Encor : Fncor 1627, Encore 1644
(5) coup : conp 1600Mo
(6) si l'an : end'an 1600Mo
(7) N'est : S'il n'est 1600Mo
(8) affligé : afflige 1672
(9) d'vne grande maladie : d'vne grand maladie 1600Au, d'vn grand' maladie 1611B, d'vne grand' maladie 1611A 1627 1644 1649Ca, d'une grand maladie 1672
(10) Les armes : Armes 1600Au, Les Armes 1672
(11) six : en six 1600Au
(12) Gueres : Guieres 1611 1649Ca
(13) s'estendant : s'estendra 1600Au, s'standant [sic.] 1600Mo

日本語訳

二人の兄弟が聖職者の位階に属している。
その一人がフランスのために槍を手にするだろう。
もう一度、もしも六百と六の年に
大病に襲われることがなければ、
六百と十までその手に武器はあるが、
その生命がさらに延びることはほとんどない。

訳について

 3行目 un coup は直訳すれば「一撃」だが、中期フランス語では「一度」(une fois)の意味もあった *1 。この場合は直前に Encore (なおも、さらに)があるのでそれを強調しただけだろう。エドガー・レオニは Another blow と英訳したが、当「大事典」はむしろ Once more と英訳したテオフィル・ド・ガランシエールに近い *2

信奉者側の解釈

 テオフィル・ド・ガランシエールマリニー・ローズは、ジョワイユーズ家の二兄弟とした。
 兄のフランソワ(1562年 - 1615年)はジョワイユーズ枢機卿で、弟のジョワイユーズ公アンリ(1567年 - 1608年)はカプチン会修道士だった。アンリは一度、ギーズ派として戦うために修道院を辞め、反アンリ4世の主力の一人として宗教戦争末期に戦った *3

同時代的な視点

 ジョワイユーズ家と見て差し支えないように思われる。
 当「大事典」として詳しく調べていないが、「もう一度」とある以上、ジョワイユーズ公はおそらく17世紀初頭に何か大病を患ったのだろう。偽作者はそれをもとに長くもっても1610年までと見て、このような詩を作成したのではなかろうか。

その他

 1600Au では23番になっている。


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