六行詩40番

原文

Ce qu'en viuant le pere 1 n'auoit 2 sceu,
Il acquerra ou par guerre 3 ou par feu
Et combatra 4 la sangsuë 5 irritée,
Ou iouyra 6 de son bien paternel
Et fauory 7 du grand Dieu Eternel 8
Aura bien tost sa Prouince 9 heritée.

異文

(1) pere : Pere 1672
(2) n'auoit : n'auoix 1600Mo
(3) par guerre : par fer 1600Au 1600Mo
(4) combatra : combattraa[sic.] 1600Mo, Combatra 1672
(5) sangsuë : Censue 1600Au, sangsue 1600Mo 1611, sansuë 1644, sangsüe 1672
(6) iouyra : ioüira 1627
(7) Et fauory : Fauorye 1600Mo
(8) Eternel : eternel 1600Mo 1611B
(9) Prouince : prouince 1600Mo 1644

校訂

 2行目の par guerre は par fer となっていたのではないだろうか。六行詩集には、鉄と火を並列している詩篇は他にあるが(31番54番)、火と戦争を並べているものはない。

日本語訳

父が生きている時には知らなかったことを
彼は戦争か火によって身につけ、
苛立つ蛭と戦うだろう。
もしくは父の財産に恵まれるだろう。
そして永遠なる大神に気に入られ、
すぐにでも相続した地方を手に入れるだろう。

信奉者側の見解

 ノエル=レオン・モルガールの用語解説では、「蛭」はスペインとされていた *1

 テオフィル・ド・ガランシエールは、ルイ14世についてとした。ルイは1660年にスペイン王家のマリー=テレーズと結婚し、義父フェリペ4世が歿すると、妻の継承権を盾にしてフランドル戦争(遺産帰属戦争、1667年 - 1668年)を引き起こした。ルイ14世の父ルイ13世は1643年に歿していたので、息子が結婚によってスペイン領の一部を手に出来るとは思ってもいなかった *2

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌの親子やアンドレ・ラモンは、細部の設定に違いはあるものの、いずれも未来に現われるフランス王の予言としていた *3

同時代的な視点

 ルイ14世は確かに当てはまるが、偽作された時期を考えるならアンリ4世の方が妥当だろう。アンリの父アントワーヌ・ド・ブルボンが歿したのは1562年で、このときアンリは10歳にもなっていなかった。
 彼がプロテスタント勢力の中心人物として勇名を馳せたのは父の死後のことで、宗教戦争末期にはスペインが支援していたカトリック同盟とも戦い、屈服させた。そして、カトリックに改宗し、国王として君臨することを広く認めさせた。

その他

 1600Au では38番となっている。


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