百詩篇第7巻41番

原文

Les oz des piedz & des mains enserrés 1 ,
Par bruit maison long temps 2 inhabitee 3 :
Seront par songes 4 concauant 5 deterrés,
Maison salubre & sans bruyt habitee.

異文

(1) enserrés : enferrez 1672
(2) long temps : long-temps 1644 1649Xa 1668P 1712Guy 1716, longtemps 1665 1840
(3) inhabitee : inhabité 1653 1665
(4) songes : songe 1653 1665 1712Guy 1840
(5) concauant : conceuant 1590Ro

日本語訳

両足と両手の骨が閉じ込められている。
騒音によって長いあいだ人が住まない家。
夢に基づいて墓から掘り起こすだろう。
健やかで噂がなくなり人が住む家。

訳について

 大乗訳1行目「手足の骨が風邪で」 *1 は誤訳。元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳は The bones of the feet and hands in shackles *2 で、特におかしくない。shackles を sickness とでも見間違えたか。
 同3行目「夢の中で埋葬が地上からだされ」は、ロバーツの英訳 By a dream the buried shall be taken out of the ground (夢によって埋葬されたものが地面から掘り出されるだろう)と比べても明らかにおかしい。
 山根訳3行目「夢の中で掘り進み 彼らは地上にあらわれ」 *3 も似たような問題点を抱えている。
 なお、3行目 concavant は sepulture (墓)と現代語訳したジャン=ポール・クレベールの読み方に従っている。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールはかつてリヨンに滞在した際に、その数日前にそこから4リュー(約16 km)のところにあるラパコディエ(Lapacodier)という場所で、この詩に当てはまる事件があったのを聞いたとした。それは以下のような話だという。
 それによると、その町に歩兵中隊が滞在したときに、誰も住んでいない家があることを目に留めた。隊長が町民に理由を聞くと、夜ごとに誰もいないのに音がすると言われたので、中隊はそこに泊まって確かめることにした。
 夜中に彼らがゲームに興じていると、ドアを叩く音がした。兵隊の一人が蝋燭とピストルを携えて出てみると、幽霊が立っていた。隊長はこちらへ来いと呼びかけたが、動こうとしないので、自分から近寄って触れてみると冷たかった。幽霊が立ち去ろうとするのでついて行くと、地下倉庫の中を歩き回る羽目になり、ある地点で幽霊は消えた。
 朝になってその場所を掘ってみると、手枷足枷をはめられた人骨が出てきた。それ以来、その家では物音がしなくなった。
 ガランシエールはその話を1624年ころのことだったと紹介した *4

 バルタザール・ギノーはとりあげてはいたものの、具体的な事件とは結び付けていなかった *5

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)1999年7月の次のページで扱い、第10巻74番などとともに、最後の審判に関わる詩としていた *6
 最後の審判で扱うという構成はジャン・ムズレット(未作成)がそのまま踏襲した *7

 ロルフ・ボズウェルは、フランスが再び王国となって、王室に主人が戻ることと解釈した *8

 ヘンリー・C・ロバーツは幽霊が出る家の話とした。

懐疑的な見解

 ガランシエールが伝える怪談についてだが、ラパコディエという地名はフランスに存在しない。ラ・パコディエール(La Pacaudière)という町なら、ロワール県(リヨンがあるローヌ県の西隣)に存在している。
 仮にラ・パコディエールのことだとしても、ガランシエールは反マザランの偽の詩篇で個人的体験を捏造しているため、独立した他の史料によって確認が取れない限り、事実認定には慎重になるべきだろう。
 また、仮に聞いたということ自体が事実だったとしても、1624年ころということはガランシエール14歳ごろのことである。年齢と当時の情報環境から推測して、当然裏づけ取材などはやっていなかっただろうから、単に周りの大人が子供を怖がらせようとして語った作り話だった可能性もあるだろう。

同時代的な視点

 ピーター・ラメジャラーは、プリニウスがスラ(Sura)にあてた手紙の中で、こうした呪われた家のことを語っていたことがモデルになっているとした *9


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