百詩篇第10巻55番

原文

Les malheureuses 1 nopces 2 celebreront,
En grande ioye, mais la fin malheureuse 3 :
Mary & mere 4 nore 5 desdaigneront,
Le Phybe 6 mort, & nore 7 plus piteuse 8 .

異文

(1) malheureuses : Malheureuses 1568A, mal-heureuses 1600, mal'heureuse 1605, nalheureuses 1611A, mal'heureuses 1627 1628 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668A
(2) nopces : Nopces 1672
(3) malheureuse : mal-heureuse 1600 1668P, mal heureuse 1605 1649Xa, mal'heureuse 1627 1628 1649Ca 1650Le 1668A
(4) mere : Mere 1672
(5) nore : note 1600, Nore 1672, noce 1800AD
(6) Phybe : l'ybe 1627, phibe 1800AD
(7) & nore : & note 1600, & uore 1627 1653, & Nore 1672, et noce 1800AD
(8) piteuse : pitieuse 1668

(注記)1800AD は匿名の解釈書『暴かれた未来』(1800年)での異文。

日本語訳

不吉な婚礼が祝福されるだろう、
大喜びで。しかし結末は不幸。
夫と母は嫁を侮蔑するだろう。
フィブは死に、嫁はいっそう不憫に。

訳について

 大乗訳3行目「夫も妻もノーレをけいべつし」 *1 は、ヘンリー・C・ロバーツの原文で大文字になっていた Nore をそのままローマ字読みしたのは仕方ないとしても、mere (母)を「妻」と訳すのは不適切。これはロバーツの英訳をそのまま転訳したものだが、テオフィル・ド・ガランシエールはきちんと Mother と英訳していたので、ロバーツがなぜ wife などと英訳したのか、理解に苦しむ。
 同4行目「ピーブは死に ノーレはもっとも信心深く」は誤訳。英訳の piteous を pious とでも見間違えたのだろう。

 山根訳は3行目「母親は義理の娘メアリーを軽蔑する」 *2 が不適切。夫を意味するフランス語の mari を英語名の Mary と読むのだとしても、動詞の活用形からして、「母」だけを主語にすることはできない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、Phybeをコリニー提督、Noreをマルグリット・ド・ヴァロワと解釈できるならばと前置きした上で、1572年のサン=バルテルミーの虐殺と解釈した。マルグリットはアンリ4世と結婚したが、その婚礼が虐殺事件の契機となった *3
 ヘンリー・C・ロバーツもサン=バルテルミーの虐殺とする解釈を踏襲したが、Phybeの解釈などには触れなかった *4

 匿名の解釈書『暴かれた未来』(1800年)では、ルイ16世とマリー・アントワネットの結婚と不幸な結末に関する予言と解釈された *5

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌの親子は、ともに近未来の戦争の最終局面にこの詩を位置付け、そのときまでに王政復古を遂げているフランスの王政が再び破滅に瀕し、ローマ教会も危機にさらされることと解釈した *6

 エリカ・チータムは、後述のエドガー・レオニの指摘をほぼそのまま転用する形で、フランソワ2世とメアリー・スチュアートの結婚と解釈した *7

 セルジュ・ユタンはナポレオンとマリー=ルイーズの結婚、およびその子ナポレオン2世の早世と解釈した。PhybeをAiglon (小鷲、ナポレオン2世)と解釈した根拠は示されていない *8

同時代的な視点

 1724年の匿名の論文「ミシェル・ノストラダムスの人物と著作に関する批判的書簡」では、フランソワ2世とメアリー・スチュアートの結婚と解釈されている。フランソワ2世の結婚は1558年のことだったが、彼はその2年後に歿した。
 匿名の書き手は、Phybeを Phi (ギリシア文字φ)とbe (beta, β)に分解し、φ はフランソワをギリシア文字で綴ったときの頭文字であり、β は2番目のギリシャ文字であることからフランソワ2世(François II)を導き出せるとした *9
 エドガー・レオニは婚礼がモチーフとなっている百詩篇第10巻52番との関連を示唆する一方で、上記1724年の解釈を紹介した *10
 ルイ・シュロッセ(未作成)もフランソワ2世とメアリー・スチュアートと解釈した。なお、シュロッセは Phybe を Phoebus (ポイボス、太陽神の異称)と解釈し、太陽のように美しかった(beau)フランソワ2世のことという結び付け方をした *11

 こうした解釈は1558年版『予言集』が実在したとすると成立しづらくなるが、ピーター・ラメジャラーは、死後版である1568年版『予言集』に収録される前に、ジャン=エメ・ド・シャヴィニーによって手直しされた可能性を指摘した。
 シャヴィニーが改竄したとすると『フランスのヤヌスの第一の顔』(1594年)でこの詩に触れていないのは不自然だが、ラメジャラーはそうした点に触れる一方、norePhybeが他の詩篇には一切登場しない語だということも説明している *12


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