百詩篇第10巻46番

原文

Vie 1 sort 2 mort de L'OR 3 vilaine 4 indigne,
Sera de Saxe non nouueau electeur 5 :
De Brunsuic 6 mandra 7 d'amour 8 signe,
Faux 9 le rendant 10 au peuple seducteur.

異文

(1) Vie : Vif 1672
(2) sort : soit 1597 1600 1610 1611 1627 1644 1650Ri 1653 1660 1665 1716
(3) L'OR : LOR 1568A, Lor 1590Ro, l'or 1597 1600 1610 1611 1627 1644 1650Ri 1653 1660 1665 1672 1716, l'OR 1840
(4) vilaine : vilain 1672
(5) electeur : Electeur 1644 1672
(6) Brunsuic : Bruinsuic 1650Le, Brunsvick 1672
(7) mandra : mandera 1627 1644 1650Ri 1650Le 1653 1665 1840
(8) d'amour : 'amour 1590Ro, d'mour 1605
(9) Faux : Fanlx 1568A
(10) rendant : rendra 1590Ro

校訂

 ピーター・ラメジャラーは1行目の L'OR を L'ORDE (l'ordure, ごみ)と読む可能性を指摘しているが、妥当性は疑問である。

日本語訳

黄金による下劣で見下げた生死と不幸。
新しくない選帝侯はザクセン出身で、
ブラウンシュヴァイクの者に親愛の印を求めるだろう。
誘惑者たる民衆にとって彼は嘘つきになる。

訳について

 この詩は全体的に訳が難しい。ここではジャン=ポール・クレベールの読みをかなりの程度参考にしたが、彼自身、特に1行目についてはカオス的と評しているぐらいなので、確定的とはいえないだろう。

 1行目はまさにカオス的で語順が全く不明瞭である。 vilaine は女性名詞につく形容詞なので or に係ることはない。おそらく vie, sort, mort に係るのだろう(sort は中期フランス語では女性名詞としても使えた)。単複が一致しないが、こういう係り方があることは従来から指摘されている。indigne は男性名詞にも女性名詞にも係るので特定しかねるが、ここでは vie, sort, mort にかかると判断した。or に係るのだとしたら、「見下げた黄金による下劣な生死と不幸」と訳せる。

 2行目は non が何を否定しているのかによる。ここではクレベールの読みに従ったが、「ザクセン出身の新しい選帝侯はいないだろう」とも訳せるのかもしれない。

 3行目もクレベールに従い、celui de Brunsvic の略と判断したが、「ブラウンシュヴァイクから彼は親愛の印を求めるだろう」とも訳せる。

 4行目は seducteur がどこにかかっているかによる。ここでは peuple と並列的に捉えたクレベールの読みに従った。

 以上のような理由で、既存の日本語訳についても断定的な論評は難しいが、少なくとも大乗訳1行目「あまりにも多くの黄金のために 生きながら死の状態で未知の悪人が」 *1 は誤訳。もとになったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳 The living die of too much gold, an infamous villain *2 と比べても infamous を「未知」と訳すのがおかしいし、ロバーツの英訳自体 too much がどこから来たのか不明。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、ザクセンの年老いていても健康な選帝侯が、突然に死ぬことを予言したもので、その死因はある女性が金杯に仕込んだ毒であろうとした。そしてブラウンシュヴァイクから来た者が親愛なふりをしてメッセンジャーとなり、民衆達に彼は誘惑者だったと信じさせることになるとした *3

 その後、20世紀までこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)アンドレ・ラモンは、4行目を「人々を扇動する者」と読み、ヒトラーに関する詩と解釈した *4

 セルジュ・ユタンは、19世紀のドイツ諸邦に関する予言とした *5

同時代的な視点

 細部の読みはともかく、ザクセン選帝侯がモーリッツ・フォン・ザクセン(1521年 - 1553年、在位 1541年 - 1553年)のことだろうという点では、ピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールの読みは一致している *6
 モーリッツはプロテスタントに改宗したものの、自身の栄達のためにシュマルカルデン戦争(1546年 - 1547年)ではカトリック側である皇帝軍に加わった。ノストラダムスは seductive や seducteur といった単語でプロテスタントを喩えることがあったようだが、この場面でもそれを適用すれば、クレベールが疑問符付きながら示したように、ルター派の民衆を指すことになるだろう。
 宗派の壁を無節操に飛び越えるモーリッツは、ルター派の民衆にとっては「嘘つき」以外の何者でもなかっただろう(ただし、モーリッツはのちにカール5世を裏切り、再びプロテスタント側に立っている)。

 ちなみに、神聖ローマ皇帝カール5世は、シュマルカルデン戦争(1546年 - 1547年)の開戦にあたり、モーリッツだけでなくブラウンシュヴァイク=カーレンベルク大公も寝返らせていた。戦争中に窮地に陥ったモーリッツはその皇帝軍に助けを求め、戦況をひっくり返していた *7


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