ピエール・ド・ノートルダム (ノストラダムスの叔父)

  ピエール・ド・ノートルダム (Pierre de Nostredame)は、ノストラダムスの叔父。ピエール・ド・ノートルダムブランシュ・ド・サント=マリーの間に生まれた子供の一人で、三男と推測されている *1 。父のピエールやカルパントラのピエール・ド・ノートルダム(未作成)と区別されるときには、「アルルのピエール・ド・ノートルダム」と表記されることがある。

 父親と同じく商業を営んだが、1513年以降は活動拠点を出生地アヴィニョンからアルルに移した。その商取引に関する記録がいくつも残っている。

 この人物は、ノストラダムスの親族の中で唯一人「予言的」なエピソードが公証記録に残されている点で、特徴的といえるかもしれない。
 それによると、1535年9月15日に、タラスコンの商人で改宗キリスト教徒であったトマ・ド・バレーム(Thomas de Barrème)と賭けをしたという。それは、トロフィム・ボワ(Trophime Boyc)という人物の妻ジャンヌ・ダルボー(Jeanne d'Arbaud)が妊娠しているかどうかということで、ジャンヌが結婚して46年になる女性であったにもかかわらず、ピエールは妊娠していると確言し、黄金の鎖を賭けたという。
 ジャンヌは実際に妊娠しており、ピエールはバレームが賭けた金貨を獲得した。この賭けの証拠として、1536年10月3日付の領収書が残っている *2

 「大予言者」ノストラダムスの叔父にしてはいささか迫力不足だが、竹下節子も指摘するように、ノストラダムス一族の「予言的」要素は、その伝説的イメージと裏腹に、実証的にはこの程度の話以外に見出せないということでもある *3


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