百詩篇第6巻70番

原文

Au1 chef du monde2 le grand Chyren3 sera,
Plus oultre4 apres aymé5 craint6 redoubté:
Son bruit & loz les cieulx7 surpassera8,
Et du9 seul tiltre victeur10 fort contenté11.

異文

(1) Au : Vn 1593BR 1594JFp.40 1605 1628 1649Ca 1649Xa 1650Le 1668 1672
(2) monde : Monde 1672
(3) Chyren : CHIREN 1594JF 1605 1628 1649Xa 1650Le 1668 1840, Cheiren 1672, Hiren 1593BR
(4) Plus oultre : PLVS OVTRE 1594JF 1605 1628 1649Xa 1650Le 1668
(5) apres aymé : apresayme 1600, apres ayme 1597 1610 1672 1716
(6) craint : criant 1600 1610 1716
(7) cieulx : Cieux 1611B 1660 1672
(8) surpassera : sur passera 1649Ca
(9) du : de 1589Rg
(10) victeur : Victeur 1594JF 1605 1628 1649Ca 1649Xa 1650Le 1668 1672, vigueur 1588-89
(11) contenté : contente 1672

日本語訳

偉大なシランが世界の首領になるだろう、
プルス・ウルトラが愛され、恐れ慄かれた後に。
彼の名声と称賛は天を越え行くだろう。
そして勝利者という唯一の称号に強く満足する。

訳について

 1行目について。大乗訳で「世界の子ども」とあるのは明らかな誤訳(Chief を Child と間違えた?)。

 2行目は直訳すれば「より遠くへと愛され、恐れ慄かれた後に」。独裁者説を採る者は「より遠くへと愛された後に、恐れおののかれる」と訳すことがあり、一応そういう訳も可能である。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーはシランをアンリ(2世)のアナグラムと理解し、plus oultre は神聖ローマ皇帝カール5世の標語「プルス・ウルトラ」(Plus Ultra)のフランス語化と見た*1テオフィル・ド・ガランシエールも同様の読みである。

 他の信奉者もその延長線上にあるが、アンリ2世は世界の指導者と呼べる立場にならなかったので、アナトール・ル・ペルチエエリカ・チータムのようにアンリ4世の方にあてた者もいる。

 また、2行目をより一般化し、未来の君主または独裁者とする説もある。

同時代的な視点

 実証的な視点でも、シャヴィニーの読み方はほぼ正しいものと考えられている。つまり、この詩は「カール5世の後にはアンリ2世が世界の王になる」という意味であろう。

 カール5世の退位表明は1556年10月25日のことである*2
 第6巻70番の公刊は(1556年シクスト・ドニーズ版が実在しないのなら)1557年9月6日のことだったので、カール5世後のヨーロッパ情勢でフランスが伸張することに期待感を示すのは、時宜に適った願望といえただろう。
 ただし、これは実現するどころか当のアンリ2世が1559年に世を去ったため、「ノストラダムスの最も悲惨な推測」*3となってしまったことは否めない。


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最終更新:2010年03月22日 04:11

*1 Chavigny [1594] p.40

*2 菊池良生『神聖ローマ帝国』講談社現代新書、p.203

*3 LeVert[1979] p.224