トミーヌ・ド・ノートルダム

  トミーヌ・ド・ノートルダム (Thomine de Nostredame)は、ノストラダムスの甥であるクロードの娘。

 1574年1月4日に洗礼を受けた。代父はサン=レミの神学博士でサン=マルタン参事会聖堂の参事会員でもあった伯父(または叔父)のピエール・ダルメラン(Pierre d'Alméran)、代母はトミーヌ・リシエール(Thomine Richière)であった。
 ピエール・ダルメランは、ジョーム・ド・ノートルダムが一時代理を務めた貴族アントワーヌ・アルメランの息子である。

 彼女は、16世紀末にアヴィニョンの法学博士メルキオール=ジャック・ド・ジョアニス(Melchior-Jacques de Joannis *1 )の再婚相手となった。メルキオール=ジャックは、ノストラダムスの叔母に当たるマルグリット・ド・ノートルダムとその夫ピエール・ジョアニスの曾孫である。

 彼女は何人もの子を産んだらしいが、ジョアニスの名を継いだ男児ガブリエルは先妻の子だったという *2
 ガブリエルはディアーヌという娘をもうけたが、この娘は1647年に12歳でアンピュス侯爵ドミニク・ド・カステラーヌ(Dominique de Castellane, marquis d'Ampus)に嫁ぎ、「麗しきプロヴァンス娘」(la belle Provençale)と称えられ、宮廷で若かりしころのルイ14世とも踊ったという *3


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