百詩篇第9巻29番

原文

Lors que celuy qu'à 1 nul ne donne lieu,
Abandonner vouldra 2 lieu prins non prins:
Feu nef 3 par saignes 4 , bitument 5 à Charlieu,
Seront Quintin Balez 6 reprins 7 .

異文

(1) qu'à : qu'a 1590Ro 1650Le 1668A
(2) vouldra : viendra 1668
(3) nef : neuf 1600 1610 1627 1644 1650Le 1650Ri 1716 1840, Nef 1668 1672
(4) par saignes : parseignes 1611B
(5) bitument : bieument 1600 1644, bi ument 1610, biument 1627, Regiment 1668, birument 1716
(6) Quintin Balez : Guines, Calais, Oye 1668
(7) reprins : & puis reprins 1627 1644 1650Le 1650Ri 1660 1840

校訂

 4行目 Balez は何らかの誤記ないし変形と推測されており、いくつかの可能性がある。また、その行は明らかに1語以上欠落しており、17世紀以降にそれを補おうとするような奇妙な異文が複数登場したが、妥当性は疑問である。

日本語訳

その時に何も引き起こさない者が
奪われずして奪われた場所を放棄したがるだろう。
シャルリューでは葦の束と瀝青で船に火。
サン=カンタンとカレーは奪還されるだろう。

訳について

 3行目は saigneの意味とFeu nef という名詞の並列をどう捉えるのかで、いくつかの訳し方が可能である。当「大事典」ではジャン=ポール・クレベールの読み方を参考にした。
 ピエール・ブランダムール百詩篇第2巻65番の「船に火」(Feu en nef)を落雷による炎上と解釈した際に、この詩の Feu nef も同種の表現として挙げていた *1 。その場合、saigne は葦束よりも「沼地」の意味にとって、「沼地の辺りで船に落雷」とでも理解すべきなのかもしれない。
 4行目は Balez を Calez (Calais) の誤記と見るピーター・ラメジャラーらの読みに従った。

 大乗訳1行目「彼はだれにも場所をあたえず」 *2 は、直訳すればそういう訳もできないわけではない。ただし、donner lieu à は普通「・・・を引き起こす」を意味する成句である。
 同2行目「その場がとられることなくすてられる」は、voudra や1つ目の prins が訳に反映されていない。
 同3行目「火 船 血によって シャレリューで」は、saigne を「血」(sang)と訳すのが不適切。瀉血するという意味の saigner という動詞はあるが、その名詞形は現代も当時も saignée である。
 同4行目「聖クェンテインとバレーは つかまるだろう」も不適切。 Quintin に Saint を補うべきという点は、学識ある注釈者なら立場を問わず共有されている認識だが、それは聖人の名ではなく地名である。また、prins ではなく reprins なのだから、「再び取られる、奪還される」などの方が適切だろう。

 山根訳2行目「奪われし場所の放棄を欲する が まだ奪われてはいない」 *3 は、区切り方によっては成立する。
 同3行目「沼地によって船は燃え シャルリューにて瀝青」は、一応成立する訳。

信奉者側の見解

 1656年の解釈書では解釈されていたらしい。上記の1668の異文も元はそれに出ていたものだという *4 。その異文で追加された2都市は、いずれもギーズ公がカレー奪還のときに一緒に取り返した近隣都市なので、おそらくその出来事にひきつけて解釈されていたのだろう。

 テオフィル・ド・ガランシエールは、ほとんど地名の注釈のみに終始し、「奪われずして奪われた場所」は、ピカルディー地方のノワイヨン、Quintin はサン=カンタン、Balez はカレーのこととした。


 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は近未来にカレーなどが再び奪われる事態になると解釈した *5

同時代的な視点

 エドガー・レオニピーター・ラメジャラーは、サン=カンタンの大敗(1557年8月)で奪われた同都市の返還(1559年)やカレー奪還(1558年1月)が下敷きになっていると解釈した *6


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