詩百篇第12巻


 ミシェル・ノストラダムス師の予言集詩百篇第12巻百詩篇第12巻)は、11篇の四行詩しか現存していない。それ自体がノストラダムスの生存中はおろか、死後2年目の最初の完全版にすら収録されておらず、正編と認められていない。

 最初に公表したのはジャン=エメ・ド・シャヴィニーで、1594年のことだったが、本当にノストラダムスが書いたかどうか自体が疑わしい。

 第11巻と第12巻には正当性が全くない。最初に紹介したシャヴィニーはノストラダムスの詩篇の偽造を行ったことがあると疑われており(予兆詩旧2番参照)、第11巻と第12巻についても同様に偽造された疑いをかけてしかるべきであろう。

 仮に本物だとしても、シャヴィニーは解釈の際にかなりの改変を加えることが度々あったので、これらの詩篇についても、解釈のために改変されている可能性は視野に入れる必要がある。反面、シャヴィニーが引用したのは全て「過去編」(1534年-1589年)の詩篇のため、未来を描いていると判断された詩篇が省かれた可能性がある。つまり、本物ならば、この13篇以外の素材もシャヴィニーの手許に伝わっていたと考えられる。

 また、エドガー・レオニがいくつかの詩篇の解説で指摘したように、特に第12巻には予兆詩集にスタイルの近い、断片的なイメージを連ねた詩篇が見られる。描かれているモチーフも、多くは当時の宗教戦争と解釈できるものである。これらからは、仮に本物だったとしても、それは百詩篇用の草稿ではなく、暦書に今後掲載しようとしていた(もしくは過去に出版されず廃棄された)予兆詩の草稿だった可能性が想定できる。

 このように百詩篇第11巻と第12巻をめぐる論点は多いが、実証的な論者はほとんど触れてこなかった素材でもある。

 なお、五島勉は、第11巻・第12巻の全200篇がかつて揃っていた版があったと主張し、その断片を紹介したが、ほぼ間違いなく捏造であろうと思われる。それについてはセオフィラスの異本を参照のこと。
 また、アーサー・クロケットは、ノストラダムスの自宅だった建物から、未発見だった第12巻の残りが発見されたと主張していたが、これまたほぼ間違いなく捏造であろう。それについては、クロケットの四行詩を参照のこと。

全訳

詩番号にリンクが貼ってあるものは、別ページに解説を用意してある。リンク先の各詩の底本は1594JFである。

4
火、炎、饑〔ひだる〕さ、酷い剥ぎ取り、白煙が
果てさせ、激しく破壊させ、信を刈り取らせるだろう。
歯を持って生まれた息子。プロヴァンス全域が食べ尽くされる。
王国から逐われる。逆上して血を吐く。

24
ギュイエンヌから来た大いなる救援は、
ポワチエのすぐそばに駐留するだろう。
リヨンはモンリュエルとヴィエンヌにより引き渡され、
そして職人たちは至るところで略奪される。

36
粗暴な襲撃がキプロスで準備される。
汝の破滅が近く、目には涙。
ビュザンティオンの艦隊とモール人の艦隊、非常に大きな損失。
二つの異なるもの。岩による大規模な荒廃。

52
二つの体、一つの頭。野は二分割される。
そして四人の聞こえぬ者たちに返事をする。
大人〔たいじん〕に対して小人〔しょうじん〕。ペルチュイでは彼らに災禍。
ラ・トゥール・デーグで落雷、アンスウィにはよりひどい災厄。

55
陰鬱な議会は不誠実にして奸智に長ける。
助言は悪意を含み、法は裏切られるだろう。
扇動された人々は粗暴にして喧嘩早い。
都市でも町でも、平和そのものが嫌悪される。

56
王に対抗する王、親王に対抗する公爵、
彼らの間に憎悪と甚だしい軋轢が。
憤怒や激高は全土に存在するだろう。
フランスには大きな戦争と過酷な変化が。

59
合意と約定は全面的に破棄されるだろう。
友情は不和により汚される。
憎しみは根深く、信頼そのものが損なわれ、
そして希望も(損なわれる)。和解なきマルセイユ。

62
戦争、戦闘。ブロワでの戦争と喧騒。
様々な待ち伏せ、予想外の認可。
シャトー・トロンペットに入り、攻撃(を)
シャトー・デュ・アー(に)、その件で有罪の者たちが。

65
猛威により、強固に守ることを強いるだろう。
どんな心も震える、ランゴンでの過酷な出来事に。
一発の蹴りが千発の蹴りになるだろう。
ジロンドとガロンヌがこれ以上に酷かったことはない。

69
エイオヴァスには近く、レマン湖を遠ざける。
非常に大掛かりな準備。帰還と混乱。
甥たちからは遠く、偉大なスュペルマンは火によって、
彼らの随行者全てを、・・・。

71
大河と小川は災禍の障壁となるであろう。
いにしえの炎は怒りのせいで鎮まることなく、
フランスで巡る。このことは神託によるもののごとし。
屋敷、荘園、宮殿、剃髪の宗派。


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