詩百篇第8巻46番


原文

Pol mensolee1 mourra trois2 lieuës3 du rosne4,
Fuis5 les deux prochains tarasc6 destrois7:
Car Mars8 fera le plus horrible trosne9,
De coq10 & d'aigle11 de France freres12 trois.

異文

(1) mensolee : Mensolee 1672Ga
(2) trois : à trois 1644Hu 1650Le 1668 1712Guy
(3) lieuës : lieües 1568X 1591BR 1597Br 1606PR 1607PR 1610Po 1611 1628dR 1653AB, lieues 1590Ro 1603Mo 1672Ga 1981EB, lieves 1716PRa, lievres 1716PR(b c)
(4) rosne : Rosne 1568C 1611B 1644Hu 1667Wi 1772Ri 1840 1981EB, Rhosne 1672Ga, Rhône 1712Guy, Rône 1720To
(5) Fuis : Fuy 1590Ro
(6) tarasc : tarase 1627Di, tarasc. 1653AB 1665Ba, ta rase 1667Wi, Tarare 1672Ga, Tarasc. 1712Guy, Tarasc 1772Ri
(7) destrois : des trois 1981EB, de trois 1716PR
(8) Mars : mars 1628dR
(9) trosne : throsne 1568C 1644Hu 1653AB, Throsne 1672Ga, Thrône 1712Guy
(10) coq : Coq 1605sn 1627Ma 1627Di 1649Xa 1667Wi 1672Ga 1712Guy
(11) d'aigle : d'Aigle 1605sn 1627Ma 1627Di 1644Hu 1649Xa 1649Ca 1650Le 1650Ri 1650Mo 1667Wi 1668 1672Ga 1712Guy, d aigle 1603Mo
(12) freres : frere 1605sn 1649Xa 1672Ga

校訂

 rosne, tarasc はそれぞれ固有名詞なので、Rosne (Rhosne, Rhône), Tarasc の方が良い。Pol mensolee が St. Paul de Mausole なのは確かだろうが、韻律の関係もあるのでどう手直しすべきかは難しい。

日本語訳

ポル・マンソレにて死ぬだろう。ローヌ川の、
二つの傍流がタラスクの隘路から流れ出る場所より三リューの位置。
というのは、マルスは最も恐ろしい雷鳴を生み出すだろうから、
雄鶏と鷲によって。フランスの三兄弟。

訳について

 全体的に前置詞などが不足しており、単語のつながりについてはジャン=ポール・クレベールピーター・ラメジャラーの読み方を参考にした。
 「三リュー」は1行目の単語だが、2行目は1行目末の「ローヌ川」を修飾していると見るべきであることから、あえて2行目に回した。
 なお、trosne は普通は「王冠、玉座」の意味である。「雷鳴」と訳したのはプロヴァンス語の trouno にひきつけたクレベールの読み方に従ったものである。

 既存の訳についてもコメントしておく。
 大乗訳1行目「パウロ・メンソレーは ローヌの三つの同盟で死に」*1は「同盟」が明らかに誤訳。距離の単位「リュー」が「リーグ」と英訳されていたものを、取り違えたのだろう。
 同2行目「タララ山近くで二つの狭さをさけ」は、tarasc が Tarare になっている底本に従った結果とはいえ、単語のつなげ方がかなり強引である。

 山根訳1行目「独身者のパウロ ローヌから三里のところで死ぬだろう」*2は、Pol mensolee を「独身者のパウロ」と訳しているのが解釈(後述)を交えすぎだが、構文上、前置詞の補い方によっては成立する。
 同2行目「もっとも近き者二人 抑圧されし怪物から逃れる」は、destroit が「抑圧されし」と訳されているのが不適切。prochain を「近親者」の意味に解釈することは可能。
 同3行目「火星が恐るべき王冠を取りあげるとき」は、trosne を「王冠」と訳すことが出来る(むしろそちらが一般的)ということは上に述べたとおりだが、fera を「取り上げる」とするのには疑問の余地がある。

 なお、竹下節子は前半2行のみ訳しているが、その2行目後半が「タラスクは破壊される」*3となっているのは、destroitを détruit に引きつけて訳したものか。

信奉者側の解釈

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、tarasc を Tarare と改変した原文を元に、前半をリヨン近郊のタラール山にある、盗賊や人殺しが出ることで危険な2つの山道に関する描写とし、後半を神聖ローマ皇帝とフランスの戦争と解釈した*4

 バルタザール・ギノー(1712年)は、前半をタラスコン近郊の隘路を逃れる重要人物についてとし、ポル・マンソレはその人名を「ひっくり返したもの」とした。
 後半は、その辺りの場所で起こるフランス王と神聖ローマ皇帝の凄惨な戦いについてと解釈した*5

 アンリ・トルネ=シャヴィニー(1860年)は後半2行を「鷲」に象徴されるナポレオンの戴冠と解釈した*6

 アナトール・ル・ペルチエ(1867年)はヴァランスで客死したローマ教皇ピウス6世と、その後のフランス政体と解釈した。
 ル・ペルチエは Pol をギリシア語由来の「偉大な」を意味する語とし、mensolee を例によって「独身者」と解釈することで、ローマ教皇と解釈した。ピウス6世はナポレオンによって、ローヌ川沿いの都市ヴァランスに幽閉され、その地で歿した。
 ル・ペルチエは2行目の tarasc をギリシア語に由来する「反乱」を意味する語だとし、ルイ16世の2人の近親者であるプロヴァンス伯(後のルイ18世)、アルトワ伯(後のシャルル10世)がフランス革命時に亡命したことと解釈した。後半2行はフランスの3兄弟(ルイ16世、ルイ18世、シャルル10世)の王位が、ナポレオン家(鷲)や、ルイ・フィリップを輩出したオルレアン家(雄鶏)によって掻き乱されたことと解釈した*7

 この解釈は語釈も含めて、チャールズ・ウォード(1891年)にほぼそのまま引き継がれた*8
 ジェイムズ・レイヴァー(1952年)は1行目だけ引用し、ピウス6世の死と紹介した*9
 セルジュ・ユタン(1978年)は「3兄弟」の部分だけを抜き出し、ル・ペルチエの解釈を踏襲した*10

 エリカ・チータム(1973年)は1行目の Pol を Paul と同一視し、当時のローマ教皇パウルス6世とケネディ家の3兄弟が関わる戦争の予言と解釈した*11
 チータム自身は後に、rosne を Rome の誤植とした上で、パウルス6世がローマ近郊で歿したことと解釈を微調整したが、ケネディ家云々は削除された*12
 なお、その日本語版(1988年)では、当時の教皇ヨハネ=パウロ2世が暗殺される予言とする原秀人の解釈に差し替えられている。

同時代的な視点

 エドガール・ルロワによって冒頭の Pol mensolee がサン=ポール=ド=モゾル(St. Paul de Mausole)を指す可能性が指摘されると*13、それが広く支持されるようになった。
 サン=ポール=ド=モゾルはノストラダムスが少年期を過ごしたサン=レミ=ド=プロヴァンス近郊にある修道院で、グラヌムの遺跡が隣接している。
 怪物タラスクを語源とする町タラスコンはローヌ川沿いにあり、サン=ポール=ド=モゾルからおよそ3リューの距離にあることは、ジャン=ポール・クレベールルイ・シュロッセ(未作成)が指摘している*14
 クレベールはさらに、タラスコンと、対岸のボーケールの間はローヌ川が狭く入り組んでおり、航海の難所として知られていたことや、それゆえ古くはタラスクが棲んでいるとされていたことなども指摘した。

 後半についてはいくつかの読み方がある。
 クレベールはフランスと神聖ローマ帝国の戦いの結果、ある重要人物が死ぬことを予言したのではないかとした。

 ロジェ・プレヴォは1562年にカトリックとプロテスタントによって、かつて神聖ローマ帝国領でありシャルル8世の治世以降にフランス領となった地域で行なわれた凶行についてと解釈し、3兄弟はプロテスタントの指導者として知られたコリニー、ダンドロ、シャチヨン枢機卿の3兄弟とした*15

 ピーター・ラメジャラーは同時代のフランスと神聖ローマ帝国の争いを描いたものとし、2003年の時点では『ミラビリス・リベル』所収の聖女ビルギッタの予言が投影されているとしていたが、2010年になると描写の土台はウルリヒ・フォン・フッテンのラテン語のエピグラムの可能性があるとした*16


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詩百篇第8巻
最終更新:2020年06月07日 01:46

*1 大乗 [1975] p.241

*2 山根 [1988] p.267

*3 竹下 [1998] p.226

*4 Garencieres [1672]

*5 Guynaud [1712] p.230

*6 Torné-Chavigny [1860] p.100

*7 Le Pelletier [1867a] p.202

*8 Ward [1891] p.282

*9 Laver [1952] p.179

*10 Hutin [1978]

*11 Cheetham [1973]

*12 Cheetham [1990]

*13 Leroy [1993] p.194

*14 Schlosser [1986] p.107, Clébert [2003]

*15 Prévost [1999] pp.167-168

*16 Lemesurier [2003], Lemesurier [2010]