百詩篇第2巻48番

原文

La grand 1 copie 2 qui 3 passera les monts 4 .
Saturne en l'Arq 5 tournant du 6 poisson 7 Mars
Venins 8 cachés 9 sous testes de saulmons 10 :
Leurs 11 chief 12 pendu 13 à fil de polemars 14 .

異文

(1) grand : grand' 1772Ri
(2) copie : Copie 1672
(3) qui : que 1557U 1557B 1568A 1588-89 1589PV 1590Ro
(4) monts : Mons 1656ECL, Monts 1672 1772Ri
(5) en l'Arq : en l'Arc 1568I 1611B 1649Ca 1650Le 1660 1668, en l' ard 1588-89, en l'Aaq 1605 1628 1649Xa, en l'Arcq 1611A, où l'Arq 1627 1644, ou l'Arq 1653, Aries 1656ECL 1672
(6) du (vers2) : au 1656ECL 1672
(7) poisson : Poisson 1672
(8) Venins : Venis 1605 1649Xa
(9) cachés : chachez 1668A
(10) saulmons : Saulmons 1605 1628 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668, Moutons 1656ECL 1672
(11) Leurs 1555 1649Ca 1668 1840 : Leur T.A.Eds.
(12) chief 1555 1557U 1568 1597 1610 1611 1716 1772Ri 1840 : chef T.A.Eds. (sauf : chefs 1589PV 1649Ca)
(13) pendu : pendus 1589PV 1649Ca
(14) polemars : Polemars 1672

(注記)1656ECL は1656年の解釈書での異文。

校訂

 2行目の Arq について、ピエール・ブランダムールは Arq. と綴っている。
 4行目 Leurs chief は単複が一致しておらず、ブランダムールは Leur chief と校訂している。

日本語訳

大軍隊が山々を通り過ぎるだろう。
土星が人馬宮にあり、火星は双魚宮で向きを変える。
鮭の頭に毒が隠される。
そのかしらは荷造り紐で吊るされる。

訳について

 4行目 leur chief についてはピエール・ブランダムールのように、3行目の鮭の頭と解釈する読み方と、3行目とは切り離して「彼らの指導者(指揮官)」と解釈する読み方がある。上ではどちらとも取れるような訳にした。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳2行目「土星がふりむいて魚である火星を返す」 *1 は明らかに誤訳。「魚である火星」は意味不明だし、en l'Arq (ロバーツ本では en l' arc)が「ふりむいて」になる根拠が不明。ちなみにロバーツの英訳は Saturn, Aries, Mars turning to the fishes *2 である。ロバーツは Aries をわざわざ en l' arc に直しておきながら、英訳はテオフィル・ド・ガランシエールのものを丸写ししており、フランス語を読めなかった疑いがさらに高まる。
 同4行目「かれらの隊長は支柱のひもを引きしめるだろう」は誤訳。おそらくpolemarsを英語の pole に引きつけて理解したのだろう。また、pendu は pendre (吊るす)の過去分詞だから受動態で訳されるべきで、「隊長が引きしめる」では色々とおかしい。

 山根訳はおおむね問題ないが、2行目「そのとき土星は射手座にあり火星は魚座に移りゆく」のみが不適切。この場合の tourner は向きを転じる意味で、「逆行」(惑星が地上から見たときに、逆方向に動いているように見えること)を指す *3

 五島勉も『ノストラダムスの大予言』で訳しているので扱っておく。
 1行目「巨大な軍隊は山を越えて引きあげるだろう」 *4 は誤訳。passer に「引きあげる」という意味合いはない。
 2行目「マルスの代わりにサチュルヌが魚たちを裏がえす」は、「代わりに」がどこから出てきたのか不明だし、en l' arc が訳されていない。また、原文の「魚」は単数である(ガランシエール訳で the Fishes となっていたのは「魚座」を意味する慣用表現。ロバーツ訳で the fishes と小文字になっていたのは、その辺りの文脈を理解していなかったか、誤植かのいずれかだろう)。
 4行目「だが彼らの大物は極地で輪のなかにくくられるだろう」は誤訳。polemarsをフランス語の pôle (極点)に引きつけて訳したのだろう。それ自体も不適切だが、「輪のなかにくくられる」も根拠が不明。

信奉者側の見解

 1656年の解釈書では、イタリア戦争の一幕で1555年8月に起きた戦いと解釈された。なお、上記の通りこの解釈書では2箇所に特殊な異文がある。その著者は2行目の星位について、本来の原文では Arc (人馬宮)となっているがそれは実際の星位に一致しないので誤りとして、原文を Aries (白羊宮)に書き換えた。また、3行目の saulmon (鮭)を mouton (羊)に書き換えたことについては、モンフェランの山岳地帯と鮭には何のつながりもなく、戦いがあった8月の食糧としてもおかしいからとして書き換えた *5
 この解釈はテオフィル・ド・ガランシエールがそのまま踏襲した *6

 1691年ルーアン版『予言集』に掲載された「当代の一知識人」の解釈では、1691年4月8日にルイ14世の軍隊がモンス(Mons, ベルギーの都市)を占領したことと解釈した *7


 ヘンリー・C・ロバーツは山を越える侵略行為に関する詩として、具体的事件とは結び付けなかった。エリカ・チータムは星位についての説明はしたものの、やはり具体的な事件とは結び付けていなかったが、その日本語版では第二次中東戦争と解釈されていた *8

 セルジュ・ユタンはムッソリーニの処刑と解釈したが、星位については何もコメントしなかった *9

 ヴライク・イオネスクは2行目の星位は土星が人馬宮にあり、火星が双魚宮のなかで逆行から巡行に向きを変えるときと解釈し、1956年のハンガリー動乱と解釈した。polemarsについては、処刑されたハンガリーのポル・マレテール将軍や、「敵である火星」(Polemios mars, 鎮圧側の指導者であるフルシチョフの隠喩)などの関係者の名前や渾名、さらに事件に関わる星位などが複合的に込められた語とした *10

 五島勉は2行目のサトゥルヌスに鉛の意味もあることから、1970年代初頭に問題となっていた鉛化合物による公害問題と解釈し、3行目は北洋で獲れる鮭からもそうした有害物質が検出されることと解釈した *11

 中村惠一は1980年代から1990年代に起こると想定していた戦争の情景とし、毒が隠される鮭の頭は、核や化学兵器を搭載したミサイルの比喩と解釈した *12 。類似の解釈としては、爆弾や魚雷の開発としたミカエル・ヒロサキ(未作成)の解釈がある *13

同時代的な視点

 実証的には2行目の星位がきわめて稀なものであることが指摘されている。この詩が書かれた1555年頃から、予言の期限とされる3797年まででは、1751年夏と2193年夏の2回しかない *14
 むしろ、それよりも前の出来事を念頭に置いたピエール・ブランダムールは、1546年秋の出来事がモデルではないかと推測していた。
 ジャン=ポール・クレベールは当時一般的に「大軍が山を越える」といえば、アルプスを越えるイタリア遠征が想起されるが、1546年秋にはそのような出来事はなかったことを指摘した。その一方で、4行目については、同じ年に縛り首の上で火刑に処せられた人文主義的な出版業者エチエンヌ・ドレの可能性を指摘した *15

 ロジェ・プレヴォは、当時の占星術師レオヴィッツの著書では、2行目に該当する星位が1546年ではなく1545年とされていたことから、その年の出来事にモデルがあると判断した。
 彼は「鮭」(saulmon)を psaume (聖詩、古くは salme と綴った *16 )に引きつけて理解し、「聖詩」(キリスト教)に「毒」(異端思想)を織り交ぜていると判断されたヴァルド派(ワルド派)が、プロヴァンス地方で大規模な排撃を受けたことと解釈した。この年にヴァルド派の根拠地であったリュベロン(リュブロン)の山岳地帯にオペード男爵ジャン・メニエの大軍が進攻し、メランドル村などのヴァルド派住民に対する大虐殺を行なったのである。ヴァルド派の指導者ウスタシュ・マロンは捕らえられ、アヴィニョンで絞首刑に処せられた *17
 ピーター・ラメジャラーはこの解釈を支持した *18

 エヴリット・ブライラーは内容自体の解釈はしていないが、「鮭の頭」は当時の慣用表現で「愚か者」や「カルヴァン派」を指していたと指摘している *19

 ちなみに鮭であれ指導者であれ「荷造り紐」(もしくは帆や網にかかわる紐など)で吊るすというのはおかしなことのようだが、単に韻を踏ませるために選ばれただけで、深い意味はないものと思われる。

関連項目

  • 百詩篇第11巻91番
    • メニエ(オペード男爵ジャン・メニエ)の名前が出てくる詩篇。ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは上記1545年の虐殺事件と関連付けている。偽物の疑いの強い詩篇ではあるが、シャヴィニーの偽作だったとしても、当時の人々にとってこの事件がよく知られたものだったことを示す一例にはなるだろう。

外部リンク



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