テオドール・ブーイ

  テオドール・ブーイ (Théodore Bouys, 1751年-1810年5月18日)は、フランスの数学者。本名はジャン=テオドール=クロード・ブーイ(Jean-Théodore-Claude Bouys)だが、自著では単にテオドール・ブーイと名乗っていた。

 ヌヴェール(Nevers)に生まれ、父フランソワ=テオドール=クロード=ルイ・ブーイ(François-Théodore-Claude-Louis Bouys)から選挙管理委員長(Président de l’election)の職を引き継いだが、フランス革命によってこの職を失った。1800年にニエーヴル県の中央学校(l’école centrale)の数学科教授となり、その後中等学校でも教鞭をとった *1

ノストラダムス関連

 ブーイのノストラダムス関連書は『神託、シビュラ、予言とりわけノストラダムスに関して人間の直感的透視力から汲み出された新考察』(Nouvelles Considérations puisées dans la clairvoyance instinctive de l'homme, sur les oracles, les Sibylles et les prophètes, et particulièrement sur Nostradamus(未作成), 1806年)のみである。ブーイは1805年を最後に教職を離れたので、この著書は隠居後に執筆されたものであろう。

 この著書では百詩篇第9巻20番をヴァレンヌ事件に、同34番を8月10日事件に、百詩篇第10巻17番をマリー・アントワネットにあてるといった「古典的」な解釈がいくつも提示されている。フランス革命に直接触れた人物として、当然それへの思い入れは強かったものと考えられるが、革命中には多くのパンフレット類が出まわっていたため、革命関連の彼の解釈で「元祖」と呼べるものがどれだけあるかは分からない。

 レオニが指摘するように、ブーイもテクストの改竄を辞さないタイプの論者であり、信頼性の点で大きく劣る。


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