auge

 auge は現代フランス語では「飼桶」、「(左官用の)平桶」、「排水渠」などの意味。
 ジャン・ニコの羅仏辞典(1606年)でも、「槽、桶」(Alveus, Alveolus)、「水管」(Canalis)などとラテン語訳されている*1

古い天文学・占星術での意味

 中期フランス語では「惑星の遠地点」(apogée de la planète) の意味も持っていた*2
 遠地点とは、地球から見て、惑星が最も遠い位置にあることである。現在では専ら地球の周りを回る月や人工衛星についてしか言われないが、かつてはアカデミーフランセーズの辞書でもapogée は「惑星が大地から最も遠くに位置する点」 (Le point où une planète se trouve à sa plus grande distance de la terre.)と定義付けられていた(1762年の第4版から1835年の第6版まで*3)。
 ピエール・ブランダムールは、フランス語の語源学や中世天文学の研究を踏まえてこちらの定義を採り、「天体の遠地点」(l'apogée d' un astre) としていた*4
 ピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールも「遠地点」(apogée) としている*5

 イタリア語では現代でも「遠地点」「絶頂」を意味する àuge という語が残っている*6

 ただし、エミール・リトレのフランス語辞典(1872年 - 1877年)では、「古い天文学用語」としての auge の定義として「今日 apsides と呼ばれるものに与えられていた名称で、つまりは、ある惑星の太陽からの距離が最も大きい点か最も小さい点のこと」とあり、「遠日点」と「近日点」の意味に理解されている*7(ただし、apsides 自体は近地点や遠地点の意味も含んでいる*8)。

 エヴリット・ブライラーはこれをふまえたものか、「近日点」ないし「遠日点」の意味としており、高田勇伊藤進詩百篇第1巻16番の訳でも「遠日点」とされている。
 また、ロベール・ブナズラもこの場合は「遠日点」(aphélie) としているらしい*9

 当時のプトレマイオス的な宇宙観に基づく伝統的な占星術では、地球(大地)がその中心にあったのだから、「遠地点」という読みの方が説得的であるようにも思える。

 「遠地点」(apogée) か「遠日点」(aphélie) かにはまだ議論の余地があるのだろうが、少なくともそのいずれかを指している可能性が高いとはいえるだろう。

信奉者側の旧説

 かつては主に信奉者側から、いくつか異なる読みが提示されていた。


  • ヴライク・イオネスクは AVGE について、ヴェガ (VEGA) のアナグラムとした*11。この説は、前出のベルクールからは、古代の占星術でヴェガに特段の意味など無く、論外だとして一蹴された*12。このやり取りのためかどうか、イオネスクの著書では、逆にベルクールの著書が酷評されている*13


登場箇所



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  • 英語でピークになる事から、1章16ではその綴りを含むチェサピーク“Chesapeake”湾の海戦(1781年9月5日)をも暗示。 -- とある信奉者 (2012-02-20 14:27:30)
最終更新:2021年06月10日 22:40

*1 Dictionnaires d'autrefoisの「auge」の検索結果

*2 LLS pp.24-25

*3 Dictionnaires d'autrefoisの「apogee」の検索結果

*4 Brund’Amour [1993] p.212, n.59

*5 Lemesurier [2003b], Clébert [2003]

*6 『新伊和辞典 増訂版』白水社、『伊和中辞典』小学館

*7 Dictionnaires d'autrefoisの「auge」の検索結果

*8 『仏和大辞典』白水社

*9 Clébert [2003]

*10 ベルクール [1982] pp.97-98

*11 イオネスク [1991] pp.288-289

*12 ベルクール [1982] p.97

*13 イオネスク [1991] p.352

*14 Rose [2002c]

*15 Brund’Amour [1993] p.212