詩百篇第9巻45番


原文

Ne sera soul1 iamais2 de demander,
Grand3 Mendosus4 obtiendra son empire5
Loing de la cour6 fera contremander7,
Pymond8, Picard,9 Paris, Tyrron10 le11 pire.

異文

(1) soul : seul 1568X 1590Ro, saoul 1603Mo 1644Hu 1650Mo 1650Ri 1653AB 1665Ba 1720To 1840
(2) iamais : jamɐis 1720To
(3) Grand : Gtand 1628dR
(4) Mendosus : MENDOSVS 1594JF 1605sn 1628dR 1649Ca 1649Xa 1650Le 1668 1840 1981EB
(5) empire : Empire 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1667Wi 1672Ga 1716PR 1720To 1840
(6) cour : court 1572Cr 1605sn 1628dR 1649Ca 1649Xa 1650Le 1668, Cour 1594JF 1644Hu 1672Ga
(7) contremander : contre mander 1644Hu 1650Ri
(8) Pymond : Pyedmont 1590Ro, Piedmont 1594JF 1605sn 1628dR 1649Ca 1649Xa 1650Le 1667Wi 1668 1672Ga, Pyemond 1610Po 1840, Limond 1653AB 1665Ba 1720To, Pymon 1716PRc
(9) Picard, : Picar. 1594JF, Picard. 1605sn 1649Xa, Picart. 1628dR 1649Ca 1650Le, Picart, 1668
(10) Tyrron : Tyrrhen 1594JF, Tyrhen 1605sn 1628dR 1649Ca 1649Xa 1672Ga, Tyron 1611 1720To 1981EB, Tyrton 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1650Le 1653AB 1665Ba 1668, Tithen 1840
(11) le : la 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1720To

校訂

 1行目 soul は saoul の綴りの揺れと判断されるのが一般的だが、1568Xの異文からすると、本来は seul だったのかもしれない。
 エドガー・レオニは (seul となっている底本を用いたはずはないのだが) soul を seul と綴っている。

 4行目は地名の列挙だが、省略形と変形が入り混じっていて分かりづらい。
 Tyrron は何らかの誤植と見なされているが、Tyrren (Tyrrhen, ティレニア) とするエドガー・レオニリチャード・シーバースと、Tyran (暴君) とするピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールの二通りがある。
 当時はアルファベット順で隣接する文字の取り違えがしばしば見られたので、Tyrrol (Tyrol, チロル) という可能性も一応指摘しておく。

日本語訳

求めることに飽きることは決してないだろう。
偉大なメンドススは彼の帝国を手に入れるだろう。
宮廷から遠くで取り消させるだろう。
ピエモンテ、ピカルディ、パリ、ティレニア(にとって)、最悪。

訳について

 1行目は soul を採用した。
 4行目はシーバースの読みを取り入れた(厳密に言えば、シーバースは訳の時点で Tyrron を訂正せず、注釈でティレニアの可能性に触れている)。
 他方、ラメジャラーの「ピエモンテ、ピカルディ、パリ(では)最悪の暴君」という読み方も、一定の説得力はあるものと思われる。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目「彼は探究にあくことなく」*1で「探究」とあるのは、おそらく「探求」の誤植。
 2行目「大うそつきが支配力を得て」は意訳としては許容範囲内と思われる。
 3行目「宮廷からはなれて彼は命令をとりけされ」は、ラメジャラーも同じように訳しているので、そういう読み方もありうるか。
 4行目「ピエドモント ピケディ パリ 悪いティレニアは」は、これに限った話ではないとはいえ、もう少し固有名詞の表記が何とかならなかったものだろうか。また、pire は「悪い」の比較級ないし最上級を意味するので、単なる「悪い」ではその意味合いが出ない。

 山根訳は、1行目「訊く者はひとりもいまい」*2は、seul を採用した読みとしてなら許容範囲内。
 同2行目は構文理解としては問題ないが、「メンドゥシュ」という表記が疑問。Mendosus はフランス語読みなら「マンドシュス」(マンドシュ)、ラテン語読みなら「メンドスス」で、「メンドゥシュ」では何語での表記によるものか不明である。
 同4行目「ピエモンテ ピカルディ パリ 最悪のトスカナ」は、ティレニアはトスカナと同じ意味だから、という方針だったと思われるエリカ・チータムの英訳をそのまま転訳したもの。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、1行目をアンリ3世のこととして、残りの行は彼の次に王になり、パリ、ピカルディ、ピエモンテ(サルッツォ侯国)、トスカーナを手中に収めた(または収めることになる)アンリ4世の予言とした*3
 Mendosusアナグラムしてヴァンドームを導き、アンリ4世がヴァンドーム公でもあったことと結びつけている。
 メンドススが出てくるもうひとつの詩篇である詩百篇第9巻50番が、非常に多くの論者からアンリ4世の予言と解釈されているのに比べると、こちらの詩を取り上げた論者の数はかなり少ない。
 テオフィル・ド・ガランシエールにしても、メンドススがヴァンドームのアナグラムであること以外は意味不明として片付けている*4

 ウジェーヌ・バレストは前半2行のみを取り上げてシャヴィニーの解釈を踏襲したが、残り2行については省いている*5
 シャヴィニーが解釈した時点(1594年)では未定だったが、サルッツォ侯国は17世紀初頭にサヴォワ公国に帰属することが決まったので、シャヴィニーの解釈では都合が悪いためだろう。
 ただし、アンリ・トルネ=シャヴィニーはシャヴィニーの解釈をほぼそのまま紹介している*6

 19世紀までに取り上げていた論者は以上であり、アナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードは無視していた。

 エリカ・チータム(1973年)はアンリ4世かその父のアントワーヌ・ド・ヴァンドームの可能性を指摘してはいたが、メンドスス以外の要素は不明瞭としていた*7

 セルジュ・ユタン(1978年)はナポレオンの予言としていたが、詳しくは解釈していなかった*8

同時代的な視点

 ピーター・ラメジャラーはメンドススをラテン語の通り「偽りの者」と読んで、『ミラビリス・リベル』に収録された予言、特に偽メトディウスティブルのシビュラがモデルになっているのではないかとした*9

 もし仮に4行目を「最悪の暴君」と読むのが正しいのだとすれば、メンドススのラテン語の意味とともに、この君主にはかなりネガティヴな印象付けがなされている。
 詩百篇第9巻50番でも指摘しているように、宗教戦争期の政治的動機による偽作の可能性も、一応は視野に入れておいたほうが良いのではないだろうか。


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詩百篇第9巻
最終更新:2020年02月23日 17:13

*1 大乗 [1975] p.269。以下、この詩の引用は同じページから。

*2 山根 [1988] p.298。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 Chavigny [1594] p.265

*4 Garencieres [1672]

*5 Bareste [1840] p.495

*6 Torné-Chavigny [1860] p.29

*7 Cheetham [1973/1990]

*8 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]

*9 Lemesurier [2010]