百詩篇第10巻79番

原文

Les 1 vieux chemins 2 seront tous embelys,
Lon 3 passera à Memphis 4 somentrée 5 ,
Le grand 6 Mercure d'Hercules 7 fleur de lys 8
Faisant trembler 9 terre, mer 10 & contree 11 .

異文

(1) Les : Ses 1611B
(2) chemins : chemine 1668P
(3) Lon : L'on 1611B 1644 1649Ca 1650Ri 1650Le 1653 1660 1665 1668 1672 1716 1772Ri 1840
(4) Memphis : Nemphis 1627, Mamphis 1665 1840
(5) somentrée : son entree 1568A 1590Ro, somontree 1627, somentrées 1605 1611 1649Xa 1649Ca 1650Le 1660 1668 1672
(6) Le grand : Se grand 1611A, 'est grand 1611B
(7) Hercules : Hercule 1653 1665
(8) fleur de lys : fleur-de-lys 1644, fleur de Lys 1840
(9) trembler : trambler 1590Ro, trenbler 1611A
(10) terre, mer : terre & mer 1665, Terre, Mer 1672
(11) & contree : & contrées 1605 1611 1628 1649Xa 1649Ca 1650Le 1660 1668, contrée 1665, & Contrées 1672

(注記)3行目冒頭の1611B の異文は原文ママ。

校訂

 従来、ノストラダムスの造語ではないかと推測されていた2行目の somentrée は、1568Aなどの異文からすれば、son entrée の単なる誤植だった可能性がある。

日本語訳

古い道々は全て飾り立てられ、
メンフィスにてその入市が認められるだろう。
白百合の花のヘラクレスの偉大なるメルクリウス
大地、海、国を揺り動かしつつ。

訳について

 2行目 somentrée は son entrée として訳している。entrée は「入ること」全般をさすが、メンフィスに対応させる意味で「入市」と訳した。
 3行目は区切り方でいくつかの訳し方がありうる。前半律の区切れ目を基にすれば、Le grand Mercure で一度区切れると見るべきだろうし、その観点から直訳した。ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースは Mercure を形容詞的に見て、The great, mercurial Hercules [of the] fleur-de-lys(ラメジャラー *1 )、The mercurial Gallic Hercules (シーバース *2 ) などと訳している。彼らの訳だと Hercules の直前の d’ がどう処理されているのかが今ひとつ分かりづらい。
 ジャン=ポール・クレベールは「偉大なるメルクリウスが白百合の花のヘラクレスのおかげで」のように訳している。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳は、2行目「メンフィスへの道は簡略になり」 *3 がまずおかしい。somentréeを「簡略」としたのは、ヘンリー・C・ロバーツが summarily と英訳していたためだろうが、根拠が分からない。
 同3行目「ヘラクレスの使者である水星はリリーの花のように」は、この行にいくつかの訳し方がありうるとはいえ、かなり変則的なものに見える。

 山根訳は、おおむね問題はない。その2行目「彼らはメンフィスに似た土地へ赴くだろう」 *4 も、somentréeを「似ている、~のような」の意味に理解することはピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースの訳にも見られるものであり、造語と見る場合には問題ない。

信奉者側の見解

 19世紀まででこの詩の解釈にコメントしていたのはテオフィル・ド・ガランシエールアナトール・ル・ペルチエのみだった。もっともガランシエールは、somentréeがサッパリ意味不明なせいで全体の意味も構文もつかみかねる、とコメントしただけだったので、実質的に解釈したのはル・ペルチエのみである。
 ル・ペルチエは古い道々をカトリックや君主制の伝統と解釈し、未来においてそれらが再び評価され、東方をカトリックの信仰にするための十字軍が組織されることの予言と解釈した *5

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)は近未来にフランスが王政復古したときに現われる偉大な君主に関連する予言と解釈した *6 。息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌも未来のフランス王と解釈した *7

 エリカ・チータムは最初の本では一言もコメントをつけず、最後の本でも解釈不能であることを述べただけだった *8 。その日本語版では、世界の終末における「善の種族」の支配に関する予言とする解釈に差し替えられている。

 ジョセフ・サビノsomentréeから一部の文字を抜き出し、なおかつ文字を足してテネシー州 (TENnesSEE) を導いた上で、英語を元に so は南、men は人々、tree は木材で、テネシーに大きな木材マーケットがあることを予言していると解釈した。その上で、この詩はテネシーで起きたマーチン・ルーサー・キングJr.牧師の暗殺事件の予言とした *9

 川尻徹somentréeを somen と tree に分けた上で日本語読みや英語読みして、「ソーメン」(素麺)・「ツリー」(木)と解釈した。そこで、この詩はポールシフトによって気候が激変した日本は、ソーメンのように真っ白な木、すなわち樹氷に閉ざされた極寒の地になってしまうことの予言と解釈した *10

同時代的な視点

 「白百合の花」はフランス王家の象徴であり、「白百合の花のヘラクレス」が「ガリアのヘラクレス」ことオグミオスを指しているであろうことはほぼ疑いない。

 ピーター・ラメジャラーは『ミラビリス・リベル』に描かれた未来の名君のモチーフが投影されていると見なした *11

 ジャン=ポール・クレベールは17世紀初頭に偽造されたノストラダムスの複数の四行詩に「メンフィス」が登場していることを指摘している。「メンドススの偉大なるシランは休んでいる。涙せよ、メンフィス。涙せよ、シリアのダマスカス・・・」(1606年)、「王家の雄鶏は獅子を目覚めさせる。涙せよ、メンフィスとマケドニアの都市よ・・・」(1612年)といった具合である。
 つまり、メンフィスは偉大なフランス王 (「メンドススの偉大なるシラン」はどう考えてもヴァンドーム出身のアンリ4世のことだろう) に攻略される東方の地名として描かれているわけで、偽造者たちがそのように描いていたということは、当時の人々にとって「メンフィス」という名前が、再び十字軍が組織される時に攻略すべき目標の一つと認識されていたことを示すはずである (詩篇の偽作の背景には政治的プロパガンダがあったはずなので、そうしたメッセージは受け手にすんなり伝わらないと意味がないからだ)。

 ノストラダムスが同じ認識で「メンフィス」に言及したかは不明だが、この詩の前半は国王の入市式の挙行を描いているようにも読めるので、フランスの偉大な王族が武勲を重ねて東方に勢力を拡大することを願った詩という可能性はあるだろう。


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