ルイ・ド・ガロー・ド・シャストゥイユ

  ルイ・ド・ガロー・ド・シャストゥイユ (Louis de Galaup de Chasteuil, 1554年11月19日 - 1598年3月8日) は、16世紀フランスの詩人、行政官。
 同時代には、「 シャストゥイユ殿、ルイ・ド・ガロー 」(Louis de Gallaup, sieur de Chasteuil) と表記されることもあった。また、ガローは Galaup とも Gallaup とも綴られ、シャストゥイユはシャスチュエイユ (Chastueil) とも綴られることがあった *1
 ノストラダムス関連書では「 ルイ・ガロー・ド・シャストゥイユ 」と表記されることも多いが、ここではフランス国立図書館のデータに従う。

 エクス=アン=プロヴァンスに生まれた。アンリ4世からは国務院(コンセイユ・デタ)の評議員に任命された *2 。詩人としては1595年に 『王家の懺悔の聖詩篇の模倣』(Imitation des Pseaumes de la penitence royalle) を刊行し、これには知人であったセザール・ド・ノートルダムが数篇の詩を寄せている。ほかにマレルブとも親交があったことで知られている。

 息子は作詩なども行なったエクス高等法院の主席検察官ジャン・ド・ガロー (1587年 - 1646年)、孫はエクス高等法院の次席検察官をつとめたユベール・ド・ガローと、ラ・フォンテーヌやボワローとも親交のあった文人ピエール・ド・ガロー (1644年 - 1727年) である *3

ノストラダムス関連

 上述の通り、ルイ・ド・ガローとセザール・ド・ノートルダムには親交があり、ルイの息子ジャンも、セザールと親交があったようである。
 詳細な経緯は不明だが、ガロー・ド・シャストゥイユ家は現在ではシャストゥイユが伝えた百詩篇とのつながりで、その名前が挙がる。


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