シャストゥイユが伝えた百詩篇

 ノストラダムスの『予言集』には、補遺とされる断片が数多く存在する。その多くは取るに足らない偽物にすぎないが、本物の可能性が指摘されている詩篇もわずかになら存在する。
 そのひとつがルイ・ド・ガロー・ド・シャストゥイユが残したとされるカルパントラ市立図書館に残る手稿 mss.385 および mss.386 である。それらは、いずれも17世紀の写本と見なされている (ピーター・ラメジャラーはアンガンベルチーヌ図書館 (Bibliothèque Inguimbertine) 所蔵としているが、アンガンベルチーヌはカルパントラ市立の図書館なので *1 、これらは同一であろう)。
 その本文には王立図書館 (現在のフランス国立図書館) に手稿の原本があることも明記されているが、その現存は確認されていない。

研究史

 先行研究は少ない。ダニエル・ルソは1947年にフォトコピーを入手していたと主張しており、それに関する原稿も書いていたようだが、それが公刊されたのは 『ノストラダムスの真正な遺言書』(1970年?/1975年) のことだった *2
 ピエール・ロレ(未作成)はそれに先んじて、1968年にオルス・アポロの手稿を初めて公刊した際にそれらの詩篇も掲載したが、詳しい書誌には触れなかった。
 ロベール・ブナズラは言及したものの、書誌的要素はルソの位置づけをそのまま踏襲していた *3

 ピーター・ラメジャラーは、インターネットサイト上で英語による全ての韻文訳と、一部の詩篇について出典として推測されうる同時代的資料の指摘を行なった *4

写本の著者

 ダニエル・ルソは、ルイ・ド・ガロー・ド・シャストゥイユの父フランソワがノストラダムスの同時代人であり、ルイ13世の求めに応じて、ノストラダムスの未公刊の詩篇を献上したとしていた。この説明はロベール・ブナズラもほぼそのまま踏襲したが、年代が合わない。
 ルイ・ド・ガローは1554年11月19日生まれで1598年3月8日に歿している *5 。これに対してルイ13世は1601年9月27日に生まれ、1643年5月14日に歿しているので、ルイ・ド・ガロー自身との接点すらなく、その父との接点があったかどうかも大いに怪しいものである。
 また、この写本の前書きではルイ13世が故人として言及されているので、前書きの文面は明らかに1643年以降に作成されている。
 ガロー・ド・シャストゥイユ家はルイの後もジャン (1585年 - 1646年)、ピエール (1644年 - 1727年) などを輩出し、ことにジャン・ド・ガロー・ド・シャストゥイユは1625年に国王ルイ13世の相談役 (Conseil du Roy) の地位にあり、セザール・ド・ノートルダムから詩を贈られている *6 。そのため、従来の位置づけとは異なり、ジャン・ド・ガローが父ルイから受け継いだ詩篇を国王ルイ13世に献上し、それを息子のピエール・ド・ガローが現存の写本として書き留めてあったと考えるほうが、よほどすっきりするように思われる。

真贋の鑑定

 これらの詩篇について、ダニエル・ルソピーター・ラメジャラーはノストラダムスのスタイルと共通しているとして本物と見なしている (ロベール・ブナズラも紹介はしたが、詳細な分析は加えていない)。ルソも指摘するように、これらが百詩篇第11巻第12巻と同じ起源を持つ可能性は高いだろうが、そもそも第11巻、第12巻の正統性自体が実証的に確定していない。

 ガロー・ド・シャストゥイユ家は確かにノートルダム家とも親しかったようで、前述のようにセザール・ド・ノートルダムとも親交がある。ゆえに、何らかの形で伝存していた本物の詩篇を手にしたと考えることは十分に筋が通っている。
 他方で、ルイ13世の治世およびルイ14世の治世初期は、ノストラダムスの百詩篇からと称する偽の詩篇が数多く出回った時期でもあったことには、一定の注意を払う必要があるだろう。

写本の内容

 以下に日本語訳を示す (原文の欠落箇所は 「・・・」 で示す)。原文と対訳、そして簡単な語注などは別ページに記載する (詩番号につけたリンクをたどっていただきたい)。オリジナルに詩番号は記載されていないが、ピエール・ロレ(未作成)に従って、写本掲載の順に上から1~11の番号をつけておく。
 ダニエル・ルソのスペイン語原書にはフォトコピーが転載されている (フランス語訳版ではなぜか割愛)。それを見ると、カルパントラの mss.385 と mss.386 は、同じ素材を複写した別の資料であることが分かる。どちらにも11篇の詩篇 (一部は断片) が収録されているが、異文が多い。
 これを転記した論者は3人いるが、ピエール・ロレとロベール・ブナズラの転記は mss.385が主体で、ダニエル・ルソは mss.386を主体としている。
 当「大事典」の底本にはロベール・ブナズラが転記したものを利用し *7ピエール・ロレ(未作成) *8ダニエル・ルソ *9 が転記したものとの対照を行なった。一部、当「大事典」としてフォトコピーを見た印象を述べている箇所もあるが、判読の難しい箇所も多く、網羅的な指摘ではないことをお断りしておく。

日本語訳

〔前書き〕
 わが亡父はその掌中に、ミシェル・ド・ノストラダムスが手ずから記し、今は亡き正義王ルイが所望した数篇の予言詩を持っていた。父は喜んでそれらを王に献上したので、今は王立図書館にある。ここに示す数篇の予言詩は写しをとってあったもので、残りは行方不明である。

1
イスパニア諸邦を通ってシラドメルが戻る、
ガデスとピレネー山脈を通過して。
フェニキアのハンノによってカルペを通れなくする。
ギラック、カルカソンヌからトゥールーズへと運ばれる。

2
二百六十、スペインにて君臨し、
その身分を二つの大きな部分に分けるだろう。
アフリカでの一部がロマニアに印をつける。
マウレタニア人は閂によって弱められる。

3
コルドバは今一度その座を得るだろう。
〔・・・〕
〔・・・〕
〔・・・〕

4
君主の王杖によってその座が変わる。
〔・・・〕 を遠ざけることはありえない。
アヴィニョンの近くで獅子、鷲 〔・・・〕。
アルプスから遠くない場所を鷲が少し蝕む。

5
カンパーニアからローマまで貴人が君臨し、
ミラノによる障害物がことごとく取り除かれる。
あらゆる方向からの多くの人々を導く前に、
すべての物財のせいでウェヌスに嫌われ 〔・・・〕。

6
火、炎、飢餓、掠奪、野獣、煙が
失敗させ、ひどく破壊させ、信用を刈り取らせるだろう。
歯を持って生まれた息子。プロヴァンス全域が食べ尽くされる。
王国を逐われ、血を吐いて怒らされる。

7
トゥールーズで集会がもたれるだろう。
彼らは三度、その砦から追い出されるだろう。
〔・・・〕 が明らかになり、邸宅が押し潰される。
〔・・・〕

8
常軌を逸した宗派から遠くない場所の
長い労苦の末に手に入るであろうところのもの。
ガリア・ブラカタはベルギーの獣を介して、
身柄も富も山賊や盗賊の餌食になる。

9
港から遠くない場所で掠奪と難破。
ラ・シオタからストエカデス諸島を打つ。
サン=トロペの大きな貨物が(海面を)漂う。
バルバロイの艦隊が沿岸と村落へと。

10
(彼らは)広々とした神殿で勧告に寄り添う。
屋根も迫持 〔せりもち〕 も窮乏と衝突の上で
いっそう装飾が高価に見える。
万民よ、万民よ、婦人たちの罪は 〔・・・〕。

11
シラクーザで陶工の新しい息子が、
より非人間的で残酷になるだろう。
ラテン民族でない者から独特のフランス人となる。
黒く粗野で、粗い穀粉よりも乾いている。


コメントらん
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  • ノストラダムスの人気に便乗して作った偽の詩篇ように思えるんだが・・・ -- とある信奉者 (2013-02-02 19:56:01)
  • 私も主観的にはやや偽作寄りですが、(これも主観になりますが)文体はかなり本人らしい特徴を備えているので、第7・8巻の見た瞬間にわかる偽詩篇などに比べれば、はるかに「それっぽい」と思います。それと本文に書いたように、17世紀に写本が書かれたのに20世紀まで存在自体が知られていなかったのですから、偽作だとしたらその意図が問題になるように思います。 -- sumaru (2013-02-03 13:07:37)
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