原文
Vn iuste
1 sera en exil
2 renuoyé
3,
Par pestilence aux confins de
Nonseggle4:
Responce
5 au rouge
6 le fera desuoyé
7,
Roy retirant à la Rane
8 & à l’aigle
9.
異文
(1) Vn iuste : Unjuste 1672
(2) exil : exii 1650Le
(3) renuoyé : reuuoyé 1653, Anvoyé 1672
(4) Nonseggle : Nonfeggle 1557B 1589PV, Nonsegle 1644 1650Le 1650Ri 1653 1665 1668 1840, Non seggle 1672
(5) Responce : Response 1672
(6) rouge : Rouge 1653 1665 1840
(7) desuoyé: desouyer 1649Ca 1650Le 1668, desvoye 1665 1672
(8) Rane : Rame 1589PV 1600 1610 1627 1644 1650Le 1650Ri 1653 1665 1716 1840
(9) & à l’aigle : & à l’Aigle 1597 1600 1605 1610 1611 1627 1628 1649Xa 1672 1716 1840 1981EB, & l’Aigle 1644 1650Ri 1653 1665
- (注記1)1588-89では3-4-1-2の順でIV-67に差し替えられている。
- (注記2)2行目 Nonseggle は初出の 1557U のかすれがひどく、Nonfeggle か Nonseggle かの区別がつかない。とりあえずピーター・ラメジャラーの読みにしたがって、Nonseggle と読んだ。
日本語訳
公正な者が亡命地に戻されるだろう、
ノンセグルの境界地域でのペストによって。
赤き者への返答は彼に道を踏み外させるだろう、
蛙と鷲から国王を取り去りつつ。
訳について
既存の訳についてコメントしておく。
大乗訳について。
1行目 「人が追放され」では、un juste (1人の公正な人) の意味合いが出ない上、renvoyer (送り返される) の意味合いも出ていない。
4行目 「カエルと鷲へ退却するだろう」 では roy (王) が訳に反映されておらず、明らかにおかしい。
信奉者側の見解
Nonseggleの難解さにもよるのだろうが、全訳本のたぐいでしか解釈されてこなかった詩篇である。
テオフィル・ド・ガランシエールは、鷲が神聖ローマ皇帝、蛙がフランス王だろうとしたが、ノンセグルは意味不明とし、それ以外の解釈や語注は行わなかった。
エリカ・チータムは1行目をルイ18世に当てはめられる可能性を示したが、全体としては意味不明とした。
セルジュ・ユタンは、1行目はナポレオンの百日天下のときに内相になった大カルノーのことで、復古王政についての予言と解釈した。
ジョン・ホーグは、Nonseggleをベルギーのモンス (Mons) とドイツのリーゲル (Riegel) を組み合わせたものとし、ルイ18世が亡命中にモンスやリーゲルに滞在していた時期があることと解釈した。
同時代的な視点
ピーター・ラメジャラーは2003年の時点では、
百詩篇第5巻3番を引き合いに出しつつ、蛙が海賊艦隊、鷲がカール5世で、赤き者は枢機卿などと解釈していたが、事件そのものは特定できないとしていた。
2010年になると、出典を特定できないのは相変わらずだが、部分的にはウルリヒ・フォン・フッテンのエピグラムに触発されているという見解を示した。なお、蛙は疑問符つきで
ヴェネツィアのことではないかともされている。
Nonseggleが説得的に解明されないことには、そもそも詩の主たる舞台すら特定できない。
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コメントらん
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- ホーグの解釈はNonseggleの項目に「とある信奉者」さんが寄せてくださったコメントに触発されて加筆したものです。--sumaru
最終更新:2013年07月11日 22:34