百詩篇第6巻23番


原文

D’esprit 1 de regne 2 munismes 3 descriées 4 ,
Et seront peuples 5 esmeuz contre leur Roy 6 :
Paix, faict 7 nouueau, sainctes loix 8 empirées 9 ,
Rapis 10 onc 11 fut en si tresdur 12 arroy.

異文

(1) D’esprit : Despit 1588-89 1594JFpp.244, 246&248 1605 1628 1649Xa 1672 1800AD
(2) regne : Roy 1672
(3) munismes : muniscees 1588-89, musnimes 1611B 1981EB, munisememens 1649Ca, numismes 1605 1628 1649Xa 1672, numesmes 1800AD
(4) descriées : descriez 1594JF 1644 1653 1665 1672 1800AD 1840, descriés 1605 1610 1627 1628 1649Xa 1650Ri 1716
(5) Et seront peuples : Et seront peuple 1653 1665, Peuples seront 1594JF 1605 1628 1649Xa 1672 1800AD
(6) Roy : roy 1590Ro
(7) faict : sainct 1600 1867LP 1627 1644 1650Ri 1653 1665 1840, fainct 1981EB, sait 1672, saing 1610 1716, Fait 1800AD
(8) sainctes loix : saincte loix 1653, sainte loy 1665 1840, Saintes Loix 1672
(9) empirées : empirée 1653 1665, emperées 1668P, emprirées 1840
(10) Rapis : RAPIS 1594JF 1605 1628 1649Xa 1840, Rapts 1665
(11) onc : onq 1594JF 1605 1628
(12) tresdur : trespur 1589PV, tres dur 1594JF 1605 1981EB 1840, tredur 1610 1627 1716, ters dur 1628, tres pur 1653 1665, tres-dur 1644 1649Xa 1650Ri 1668P, piteux 1672

校訂

 1行目 munismes について、ピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールは numismes の誤植と見なしている。エドガー・レオニは numismes をメインに用い、munismes は異文として扱っていた。

日本語訳

王国の才人によって鋳貨の価値下落が布告され、
民衆はその王に対して煽動されるだろう。
治安も新しい行為も聖なる教えも、より悪化する。
ラピがかつてこれほどに厳しい状況に置かれたことはなかった。

訳について

 1行目の munismes は numismes として訳した。descrier は現代フランス語式に綴れば décrier のことで、辞書には 「非難する」 という一般的意味のほか、古い法律用語として 「貨幣の価値変更を正式通告する」 という意味が載っている。中期フランス語でもあまり変わらないが、貨幣については「価値下落ないし廃止を布告する」という意味であった *1
 4行目 Rapis はそのまま 「ラピ」 と表記したが、それが Paris の単純なアナグラムに過ぎないという見解は立場を問わず広く見られるものなので、「パリ」 と訳出しても特に問題があるとは思えない。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「王の思慮にもかかわらず 貨幣は価値が下がり」 *2 は、前半が不適切。「王」 は異文のせいだとしても、「思慮にもかかわらず」 は、d'esprit とその異文 despit (en dépit de) を重複して訳しているのではないかという印象を受ける。
 3行目 「平和が新しくつくられて 聖なる法を悪くする」 は前半が明らかに不適切。 Paix, fait nouveau の fait が名詞ではなく 「作られた」 を意味する過去分詞なら、Paix が女性名詞なので、faite となっていなければならない。同様に nouveau は男性形の形容詞なので、Paix の形容詞ととることも、副詞 (nouvellement) ととるのも不適切であろう。
 4行目 「それ以後はパリはそんな無秩序にはならないだろう」 は誤訳。onc は 「かつて」 であって、「それ以後」 などという意味ではなく、fut は直説法の単純過去なので、未来形で訳すのもおかしい。

 山根訳について。
 1行目 「防御が王国の精神によって傷つけられ」 *3 は現代では不適切と見るべき訳だろう。「防御」 はmunismeの古い読み方によるもので、現代ではあまり支持されていない。
 3行目 「あらたな平和が築かれ 聖なる法は踏みにじられ」 は、上述の大乗訳の問題点と重なっている。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、前半を1586年、後半を1588年と解釈し、いわゆる「三アンリの戦い」における、貨幣の価値下落の布告や、パリ市民が国王に対抗した 「バリケードの日」と解釈した *4
 この解釈は、1689年ルーアン版『予言集』に掲載された「当代の一知識人」の解釈や匿名の解釈書『暴かれた未来』(1800年)の解釈でも踏襲された *5

 テオフィル・ド・ガランシエールは、貨幣の価値下落の布告がきっかけで民衆が王に反抗するようになるという、そのまま内容を敷衍するような解釈しかつけていなかった *6

 ウジェーヌ・バレストはフランス革命と解釈した *7アナトール・ル・ペルチエも基本線を踏襲し、munismeを防壁と解釈した上で、1行目は 「王政を守る防壁となっていた旧来の伝統」 と解釈した。ル・ペルチエは1792年から1815年までの内戦や対外戦争の予言と解釈していた *8
 チャールズ・ウォードジェイムズ・レイヴァーヘンリー・C・ロバーツエリカ・チータムセルジュ・ユタンなどもフランス革命と解釈した *9

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールは、ノストラダムスの詩篇にしばしば見られる貨幣の価値下落のモチーフの詩のひとつと理解していた *10 。ノストラダムスが生きていた16世紀当時は、いわゆる価格革命によって貨幣の価値下落が起こっており、物価の高騰が見られた。
 ロジェ・プレヴォも (1560年代とする時期設定は当「大事典」として支持しかねるが)、当時の貨幣価値下落と結びつけた *11

 ピーター・ラメジャラーは、サンス大司教アントワーヌ・デュプラの醜聞 (百詩篇第4巻88番参照) がモデルと判断した *12


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  • フランス革命中に聖職者タレーランが提唱し、1789年11月2日教会を財産没収し国有化宣言したこと、 アッシニア紙幣による急激なインフレ、1793年11月10日に理性の崇拝が行われたことなどを予言。 -- とある信奉者 (2013-08-10 23:41:09)

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