百詩篇第1巻10番


原文

Serpens 1 transmis dens 2 la caige de fer 3
Ou 4 les enfans 5 septains 6 du 7 roy 8 sont 9 pris:
Les vieux & peres 10 sortiront 11 bas de l’enfer 12 ,
Ains mourir 13 voir de son fruict 14 mort 15 & crys.

異文

(1) Serpens : Sergens 1672Ga
(2) dens 1555 1557U 1840 : dans T.A.Eds. (sauf : en 1591BR 1605sn 1606PR 1607PR 1610Po 1611A 1611B 1627Di 1628dR 1627Ma 1644Hu 1649Xa 1650Ri 1653AB 1665Ba 1716PR 1800AD 1981EB)
(3) caige de fer : Cage de Fer 1672Ga
(4) Ou : Où 1568A 1568B 1568C 1588-89 1590SJ 1591BR 1606PR 1611A 1611B 1612Me 1627Di 1628dR 1627Ma 1644Hu 1649Ca 1650Le 1650Ri 1653AB 1665Ba 1668 1716PR 1772Ri 1800AD 1981EB
(5) enfans : Enfans 1672Ga 1772Ri
(6) septains : sept ains 1668P
(7) du : d’un 1800AD
(8) roy 1555 1557U 1557B 1568X 1568A 1840 : Roy T.A.Eds.
(9) sont : son 1557B, seront 1800AD
(10) peres : pere 1557B, pires 1653AB 1665Ba, Peres 1672Ga
(11) sortiront : sortirons 1607PR 1610Po, sottiront 1653AB
(12) de l’enfer : d’enfer 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668, de l’enfert 1627Di, d’Enfer 1672Ga
(13) mourir : moult 1589Rg, mourt 1627Di
(14) son fruict : fruict 1557U 1568 1588-89 1590Ro 1591BR 1605sn 1606PR 1607PR 1610Po 1611A 1611B 1612Me 1628dR 1649Xa 1716PR 1772Ri 1800AD 1981EB, fuict 1557B
(15) mort : morts 1668P

1597Br は比較できず

校訂

 1行目は1672Ga以外の全ての版が Serpens (蛇) を採用している。本来、1672Gaの異文は信頼性が低いのだが、この異文に関しては1672Gaの Sergens (Sergents, 執達吏) をピエール・ブランダムールが採用し、高田勇伊藤進が踏襲し、ピーター・ラメジャラーも疑問符つき *1 や両論併記 *2 の形で採用している。ただし、ジャン=ポール・クレベールブリューノ・プテ=ジラールリチャード・シーバースらのように、あえてそれを採らない論者も存在している。

日本語訳

蛇たちは鉄の檻に送り込まれる
― そこには王の七人の子どもたちが囚われている ―。
老人たちも父たちも地獄の下のほうから出てくるだろう。
しかし、その子孫の死と叫びを見て死ぬ。

訳について

 1行目はブランダムールらの校訂に従い、「執達吏」(「しったつり」。逮捕、押収などに携わった昔の役人) と読むことも可能だろう。ここでは、ロジェ・プレヴォ以降に有力視されている解釈への配慮から、ひとまずは「蛇」と訳した。
 2行目は 「鉄の檻」 を修飾している。ここでは挿入句的に読んだが、高田勇伊藤進訳のように、「鉄の檻」 を2行目に回してしまうのも一つの手だろう。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 2行目 「王の七人の子供たちはいずこに」 *3 は、場所に係る関係詞 où (英語で言えば Where) を疑問詞として訳したことによる誤訳。また、この訳では pris (とらわれる) が反映されていない。
 3行目 「老人や父たちは冥府(よみ)の深みに消え」 は意味が逆。sortir は「退出する、離脱する」などの意味。
 4行目 「そしてかれらは死の前に死と叫びの実を見るだろう」 は不適切。「実を見る」なら、son の前の de はいらない。de son fruit は直後の 「死と叫び」 を形容していると見るべきだろうし、ブランダムールやシーバースといった論者は現にそう訳している。

 山根訳について。
 1行目 「棺は鉄の納骨堂に安置される」 *4 は、後述するアナトール・ル・ペルチエらの解釈に引きずられすぎた訳で不適切。
 4行目 「こんな死に方をした一族の子孫を嘆き悲しむだろう」 も同様に、特定の解釈に引きずられすぎている上、mourir (死ぬ)、voir (見る、会う)、mort & cris (死と叫び) などの語に正確にどこに対応するのか分からない意訳をしすぎだろう。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、執達吏が7人の子供を処刑するために牢獄に送り込まれることや、王の従者たちが殺されることなどと、詩の情景をほとんどそのまま敷衍したような解釈しかつけていなかった *5

 匿名の解釈書『暴かれた未来』(1800年)では、ある王の7人の子供が蛇とともに牢獄に入れられる予言で、そのような刑罰はヨーロッパ的でないので、むしろアフリカの事件だろうとした *6

 アンリ・トルネ=シャヴィニーはこれをアンリ3世とヴァロワ家の運命に結びつけたが、彼の時点ではまだ 「蛇」 はそのまま解釈されていた *7
 アナトール・ル・ペルチエはトルネ=シャヴィニーの解釈を引き継ぎつつも、Serpens をギリシア語の Sarpos と結びつけて 「棺」 と解釈し、ヴァロワ朝最後の王アンリ3世 (1589年没) の棺がサン=ドニに安置されたのは、アンリ4世の没後の1610年のことだったことを表し、ヴァロワ王朝滅亡を冥府の先祖たちが嘆いていることの予言と解釈した *8
 この解釈は、チャールズ・ウォードジェイムズ・レイヴァーエリカ・チータム竹本忠雄らが踏襲した *9

同時代的な視点

 エドガー・レオニは、ここでの「蛇」はプロテスタントの隠喩ではないかとしていた。
 たしかにアンリ2世への手紙でも、異教徒を 「誘惑者」 と位置づけているらしいので、『創世記』 のエピソードに基づいて、「蛇」という表現をすることはありうるだろう。

 ロジェ・プレヴォは、同じく 「蛇」 を異端派の意味にとり、1534年秋にルター派の布教活動を理由にプロテスタントが大量に逮捕されて、パリの監獄に送られ、うち7人が多額の罰金刑や火刑に処せられたことがモデルとした *10 。この解釈は、ピーター・ラメジャラーブリューノ・プテ=ジラールリチャード・シーバースらが踏襲している。
 「王の七人の子たち」というのがそぐわないようだが、単に当時は近代的な国民概念がなく、王国の民はすべて「臣民」であったことを象徴的に表現したものだろうか。ラメジャラーやシーバースはそのまま 「王の七人の子たち」 と訳しておきながら、何の注記もしていないのでよく分からない。


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