百詩篇第4巻52番


原文

La cité 1 obsesse aux murs 2 hommes & femmes
Ennemis hors 3 le 4 chef 5 prestz 6 à soy 7 rendres 8
Vent sera fort encontre 9 les gens-darmes 10 :
Chassés 11 seront par chaux 12 , poussiere & cendre 13 .

異文

(1) La cité 1555 1840 : En cité T.A.Eds. (sauf : En Cité 1588-89 1712Guy)
(2) murs : mœurs 1627 1644 1653 1665
(3) hors : mors 1557B, hors. 1712Guy
(4) le : Le 1712Guy
(5) chef : cher 1589PV
(6) prestz : prest 1557B 1568B 1568C 1568I 1597 1600 1605 1610 1611 1627 1628 1644 1649Ca 1649Xa 1650Ri 1650Le 1653 1665 1668 1672 1712Guy 1716 1772Ri 1981EB
(7) soy : se 1557B
(8) rendres 1555 1840 : rendre T.A.Eds.
(9) encontre : encontres 1589PV, encore 1597 1600 1610, encores 1716, en contre 1981EB
(10) gens-darmes : gensdarmes 1557U 1557B 1568 1589PV 1605 1611 1628 1649Xa 1772Ri, gens-d’armes 1588-89 1649Ca 1650Le 1668, gendarmes 1597 1600 1610 1627 1650Ri 1716 1981EB, gend’armes 1644 1653 1665, gens darmes 1672, Gendarmes 1712Guy
(11) Chassés : Chasses 1590Ro
(12) chaux : chau 1557B
(13) cendre : cendres 1716

校訂

 ピエール・ブランダムールは2行目の hors のあとにヴィルギュル (カンマ) を入れた上で prestz à soy rendres を prest à soy rendre と校訂した。なお、1行目末 (ファム) と3行目末 (ジャンダルム) が韻を踏んでいないかのようだが、ブランダムールは3行目末をジャンダムと発音することが要請されるとしていた。

日本語訳

都市は攻囲され、男も女も壁に。
敵は外にいて、指導者は降伏の準備をする。
風が騎兵たちに向かって強く吹き、
石灰、塵、灰によって追い払われるだろう。

訳について

 2行目はブランダムールの読みに従った。仮に初出の通りに読むとしたら 「指導者の外側の敵たちが降伏の準備」 という真逆の意味になる。しかし、この行は (異文のせいもあるのだろうが) テオフィル・ド・ガランシエールヘンリー・C・ロバーツエドガー・レオニリチャード・シーバースなど、立場も時代も異なる論者たちがブランダムールとほぼ同じ読み方をしており、文脈を考えても全く問題ない箇所といえるだろう。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「包囲された町で男も女も城壁をみて」 *1 は誤訳。「みて」 に当たる語は原文にも、ヘンリー・C・ロバーツの英訳にもない。おそらく obsesseを observer などと見間違えたか、その縁語と勘違いしたのではないだろうか。
 2行目 「敵の統治者は降参する用意もなく」 も誤訳。語順などから見る限り、このような訳は普通出てこない。上述のように、立場に関係なく、大乗訳のように読んでいる論者は調査の限りでは見当たらない。

 山根訳は特に問題はない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは詩の情景をほとんどそのまま敷衍したような解釈しかつけていなかった *2
 バルタザール・ギノーも似たようなもので、フランスのある都市の攻囲戦というような具体性に乏しい解釈ではあったが、百詩篇第9巻99番と一続きに解釈していた *3
 20世紀以前に解釈していたのは以上の2人だけのようである。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)は近未来におこるパリ攻囲と解釈した *4

 アンドレ・ラモンは1940年5月に起こったリエージュ近郊でのエベン・エマヌエル要塞の明け渡しについての予言とした *5

 エリカ・チータムは1973年の時点ではひとことも解釈をつけておらず、のちには都市の攻囲戦に関する一般的な予言とコメントした *6

 セルジュ・ユタンは、「壁」 をベルリンの壁のことではないかとしていた *7

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールロジェ・プレヴォらは誰一人モデルを挙げていない。固有名詞を伴っていないこともあり、具体的な関連付けが難しい (似たような攻囲戦はいくらでもあったろうが、そのどれと結びつけるのかの決め手がない) というせいもあるのだろう。

 ラメジャラーやクレベールは百詩篇第9巻99番との関連性を指摘している。これは信奉者のギノーによって実質的に提示されていたものだが、確かにそれらの2つの詩のモチーフは酷似している。


名前:
コメント: