ノストラダムス研究史 (書誌研究)

  ノストラダムスの書誌研究の歴史 について概観する。
 ノストラダムスはその人気ゆえに、生前も死後も膨大な偽予言が作成された。そのため、彼が実際にどのような作品を書き残したのかを知ることは、彼の予言を考える上で不可欠の作業である。しかし、そのような研究が本格化したのは、20世紀に入ってからのことであった。

19世紀まで

 17世紀のフロンドの乱に際して膨大なマザリナードが作成された。その派生形といえる反マザランの予言を織り込んだ偽の1568年版 『予言集』は登場から10年と経たないうちに、匿名の解釈書 『ミシェル・ノストラダムス師の真の四行詩集の解明』(1656年) において偽書であることを暴かれた。しかし、これはきわめて例外的なケースであって、次々と加えられていった偽の予言の数々は、無批判に受容されることのほうが多かった。

 19世紀になると、ウジェーヌ・バレストの著書 『ノストラダムス』(1840年) において、初版本も含む 『予言集』の数十種の版が挙げられていた *1 。その中にはルーアンピエール・ヴァランタン版のような希少な版までが含まれていたが、偽年代版などの実証的検証は (前記の偽1568年版を除けば) まったく見られない。

 偽年代版について想定しないのは、アナトール・ル・ペルチエアンリ・トルネ=シャヴィニーたちも同じであり、彼らは古版本を翻刻したり、校訂版を作成する際に、底本に記載された年代を疑うことはなかった。


【画像】 バレスト 『ノストラダムス』 (21世紀に入って多く出されている復刻版のひとつ)

実証的書誌研究の幕開け

 現代の書誌研究の嚆矢といえるのは、1913年のカール・フォン・クリンコヴシュトレム(未作成)伯爵の論文 「ノストラダムス『予言集』の最古級の諸版」 *2 である。これは、題名の通り初期の版についての分析だが、1566年ピエール・リゴー版ピエール・リゴーの活動時期からして1566年に刊行されたはずがないという理由で、17世紀初頭の偽年代版だろうとした。現在では、その版はピエール・リゴー自身が手がけたものでさえなく、18世紀初頭のものだろうと見なされているが、クリンコヴシュトレムの指摘は偽の詩篇が紛れ込んだ分かりやすい偽版だけでなく、一見まともそうな版にも偽年代版が紛れ込んでいることを明らかにした点で、間違いなく重要である。

 次に重要になるのが、ペルー出身の実業家ダニエル・ルソであろう。彼はノストラダムス関連書籍の世界的な (そして史上最大級の) 蔵書を誇っていた。その蔵書に基づく分析は、1970年代に刊行された主著 『ノストラダムスの真の遺言』の第4部として結実した。

amazon plugin Error : amazonから画像データを取得できませんでした。時間をおいて再度実行してください。また、image=(画像URL)パラメーターを利用することで、画像データを取得せず表示することができます。
【画像】 ルソ 『ノストラダムスの真の遺言』(Kindle版)

 彼の業績の中でも重要なもののひとつは、最初の完全版である1568年ブノワ・リゴー版に、ブノワ・リゴー自身が関与した異本がいくつも存在していることを確定させた点であろう。この点については、19世紀末から20世紀初頭にまとめられたアンリ・ボードリエの『リヨン書誌』でも、部分的に明らかにされていたことであるが、ルソによって詳細な分類が試みられ、ボードリエの記録間違いなどでないことがはっきりした。
 また、ルソのコレクションは死後いくつかのオークションに出現したものの、いまだに実物が行方不明になっている (あるいはオークションで落札された後の所在が分からなくなっている) ものも少なくない。たとえば、『予言集』の系譜を考察する上で外すことの出来ない1588年デュ・プチ・ヴァル版は、今なお失われたままである。そういう意味でも、彼の (少なくとも書誌学領域の) 研究は、現在の実証的研究にとってもきわめて重要な価値を持っている。

書誌研究の金字塔

 ノストラダムス書誌研究の歴史を語る上で絶対に外せないのが、ミシェル・ショマラロベール・ブナズラの存在である。ミシェル・ショマラは1971年には 『ローヌ川とソーヌ川の間のノストラダムス』 を刊行しており、後の研究に比べればまだまだ粗い形ではあったが、1970年代にはすでに研究成果を公表していた。
 1980年代に入ると、ショマラが会長となったノストラダムス協会において、ショマラやブナズラがヨーロッパ中の図書館に照会するなどして、ノストラダムス文献の大規模な調査を行なった。初版本の再発見や、1557年11月3日版 『予言集』 のブダペストでの発見は、この調査の過程で得られた成果である。

 ショマラとブナズラはそれぞれ独立して書誌をまとめた。ショマラはジャン=ポール・ラロッシュ(未作成)の協力も受けつつ、『ノストラダムス書誌 16・17・18世紀』(1989年) を公刊した。これは、収録の対象が18世紀までに限定されているが、フランス語文献に留まらず英語、イタリア語、ドイツ語、オランダ語などの文献も幅広く網羅した労作である。
 他方、ブナズラは『ノストラダムス年譜総覧』(1990年) を公刊した。こちらは基本的にフランス語文献に限定されたものであるが、対象時期は1989年までと幅広く、また重要な文献については詳細な分析を付加している点にも意義がある。
 それぞれに一長一短があるが、相互補完的に利用すれば、少なくとも18世紀までの関連書籍についてはかなりのことが明らかになる。


【画像】 ブナズラの書誌

1990年以降

 ショマラとブナズラの書誌はあまりにも膨大であったがゆえに、情報の脱漏も見られたが、その一部については、ジャック・アルブロンの論文 「ノストラダムス周辺の最近の書誌」 *3 においてフォローされている。アルブロンはかなり特異な偽作説を提唱している論者ではあるが、その論証のために積み重ねてきた関連書の収集と書誌的調査は膨大なもので、その著書 『ノストラダムス現象に関する未発掘の資料群』 *4 は、彼の偽作説を支持していない人々にとっても多くの貴重な情報をもたらしてくれる。

 新しい書誌研究としては、パトリス・ギナール(未作成)の研究も無視できない。彼は主にインターネット上で活動しているが、その成果を再編集した論文 「予言集各版の年代順解説 (1555年 - 1615年)」(2008年) *5 が専門誌に掲載された。この論文は、かなり極端な主張もいくらか見られるとはいえ、1568年ブノワ・リゴー版の分類の再編を提案したり、従来の整理に混乱が見られたピエール・メニエ関連の版について実証的に整理しなおすなど、書誌研究上の意義が大きい。


名前:
コメント: