原文
Il entrera1 vilain2, meschant3, infame
Tyrannisant la Mesopotamie4,
Tous amys fait5 d’adulterine6 d’ame7.
Tertre8 horrible noir de phisonomie9.
異文
(1) entrera : entendra 1590Ro
(2) vilain : viain 1605sn 1628dR 1649Ca 1649Xa, vilian 1611B
(3) meschant : meschans 1590Ro
(4) Mesopotamie : mesopotamie 1611A, Mesopontamie 1716PR
(5) fait : faits 1568C
(6) d’adulterine : d’Adulterine 1672Ga
(7) d’ame 1568X 1568A 1568C 1590Ro : dame 1568B & T.A.Eds. (sauf : Dame 1653AB 1665Ba 1672Ga 1720To 1772Ri 1840)
(8) Tertre 1568 1590Ro 1591BR : Terre T.A.Eds. (sauf : Tetrre 1611A, Tetre 1672Ga)
(9) phisonomie : phisomie 1649Ca, Physiognomie 1672Ga, phynosomie 1716PR
校訂
4行目冒頭を Terre (大地) としている版が多いが、あまり信頼性が高いとはいえない
1597年頃のブノワ・リゴーの後継者たち版以降に見られるものなので、支持すべき理由はない。
実際、ラメジャラー、クレベール、シーバースは初出の通り Tertre を採用している。ただし、Tertre (塚、丘) では文脈に今ひとつ適合しないのも事実である。
詳しくは後に述べるが、当 「大事典」 としては、
テオフィル・ド・ガランシエールのように Tetre と読み替えることを採用しておきたい。
4行目末尾の phisonomie は中期フランス語でも physionomie ないし physiognomie と綴られるべきものである。
日本語訳
彼が入るだろう。卑しく、悪意があり、忌まわしく、
メソポタミアで暴政を敷く者が。
全ての友は不貞の婦人に生み出される。
その人相については醜悪で、おぞましく、黒い。
訳について
4行目 tertre (塚、丘) に議論の余地がある。
ジャン=ポール・クレベールはそのまま丘と理解しているが、
ピーター・ラメジャラーはギリシア語 teras / teratos から 「怪物」(monster) と英訳しており、この読み方は
リチャード・シーバースによって支持されている。
当 「大事典」 も当初その読みを採用すべきと考えていたが、むしろ
テオフィル・ド・ガランシエールの読みの方が説得的ではないかと感じる。
彼は4行目全てを人相に関する描写と理解し、Foul, horrid, black in his Physiognomie. と英訳した。
彼はこの英訳に対応するように、原文を Tertre ではなく Tetre としている。
tetre という単語は現代語にも古語にもないが、中期フランス語にはラテン語の tetricus からの派生で tetrique (醜い、不快な) という単語があった。
また、ラテン語には形容詞で taeter (忌むべき)、副詞で taetre (忌まわしく) という語もあった。ノストラダムスがこれらのフランス語化として tetre と綴ることは十分にありえただろうと考える。
既存の訳についてコメントしておく。
大乗訳について。
1・2行目 「彼はいやしく よこしまで 悪評たかく/メソポタミアを圧制し」は、entrera (入るだろう) がどこにも訳されていない。
3行目 「すべての友を姦通女によって」 は fait (作られる、なされる) が訳に反映されていない。
4行目 「きたなく 恐ろしく 黒ずんで 彼の人相のなかに」 は、元になった
ヘンリー・C・ロバーツの英訳が、前記のガランシエール訳を丸写しにしていることによる。ゆえに、当 「大事典」 が採用する読みとも近いものなのだが、ロバーツの場合、原文をわざわざガランシエール式の tetre ではなく、通俗的な terre にしてしまっているので、原文と翻訳がチグハグになっている (これは当然、大乗訳による日本語版にも同じことがいえる)。
山根訳について。
4行目 「恐るべき土地 見通しはまっ暗」は、伝統的・通俗的な訳としては許容されるが、現代では Terre (土地) という読み方が正当性を失っているということを改めて指摘しておきたい。
信奉者側の見解
ロルフ・ボズウェルはムッソリーニについての描写とし、3行目は『ヨハネの黙示録』第17章5節 (=バビロンの大淫婦) を引き合いに出した比喩、4行目の 「黒」 はファシスタ党の色 (黒シャツ隊) と解釈した。
エリカ・チータムはこの場合のメソポタミアが
アヴィニョンのことならば、そこで暴政を展開する責任者 (Cardinal Legate) の描写ではないかとした。
この解釈は
エドガー・レオニのコメントの一部をそのまま引き写したようなものだが、レオニがアヴィニョンの責任者を Cardinal-Legate と表現し、「枢機卿」(Cardinal) と「教皇特使」(Legate) をハイフンでつないでいたのに対し、チータムはハイフンを省いた。
彼女の著書の日本語版で「ルガート枢機卿」などと、さも個人名であるかのように書かれていたのはそのためである。
セルジュ・ユタンは、疑問符つきで 『ヨハネの黙示録』 に予言された
反キリストではないかとしていた。
しかし、その補訂をした
ボードワン・ボンセルジャンはメソポタミアを字義通りにイラクと解し、「サダム・フセインのことを思い浮かべないほうが難しい」 とする解釈に差し替えた。
【画像】 コン・コクリン 『サダム―その秘められた人生』
同時代的な視点
ジャン=ポール・クレベールは、この場合の
メソポタミアが暦書でのノストラダムスの言及どおりに
アヴィニョンを指していると判断し、1545年のリュベロンでのヴァルド派に対する虐殺事件がモデルになっている可能性を示した。
彼が4行目を tertre (丘) のままとしているのは、リュベロンの山岳地帯での戦いの様子と理解しているためである。
- 「その額には、一つの名前が書かれていた。〔その名前には、〕秘められた意味〔が込められていて〕、『大いなるバビロン、淫婦どもと地上の忌まわしいものどもとの母』というものであった」(『ヨハネの黙示録』第17章5節・小河陽訳)
確かにこの詩の3行目との間には、モチーフ上の類似性が認められる。
外部リンク
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最終更新:2020年06月18日 00:08