詩百篇第9巻69番


原文

Sur le mont1 de Bailly & la Bresle2
Seront caichez3 de Grenoble les fiers,
Oultre Lyon, Vien.4 eulx5 si grande6 gresle7,
Langoult8 en terre9 n'en restera10 vn tiers.

異文

(1) mont : Mont 1672Ga
(2) Bresle : Bresse 1650Mo 1667Wi 1668P 1672Ga 1716PRb 1720To 1981EB
(3) caichez 1568 1772Ri : cachez T.A.Eds.
(4) Vien. : Vien 1607PR 1610Po 1716PRb 1981EB, Vien, 1650Mo, vien 1627Di, Vienne 1697Vi 1720To
(5) eulx : cula 1672Ga
(6) si grande 1568A 1568B 1568C 1610Po 1772Ri : si grand 1568X 1591BR & T.A.Eds.
(7) gresle : gresse 1697Vi 1720To
(8) Langoult : Langult 1611B, Langouli 1665Ba 1697Vi
(9) terre : Terre 1672Ga
(10) restera : cessara 1672Ga
(注記)版の系譜の判断のために1697Viも加えた。

校訂

 1行目の地名をどう捉えるかには、かなり意見に差がある。一応、そのままでも実在の地名になるので、何も校訂しないという立場もある。論者による差は、後述の『訳について』の節なども参照のこと。
 4行目の langoult は langouste(s) とすべきだろう。これは現代の諸論者はもとより、19世紀のアナトール・ル・ペルチエも指摘していた。

日本語訳

ビュリの丘とラルブレルで
グルノーブルの尊大な者たちが隠されるだろう。
リヨンヴィエンヌの向こうで、彼らにあまりにもひどい雹が。
大地にはイナゴ。(作物は)三分の一しか残らないだろう。

訳について

 1行目の地名をそのまま読めば、ブレル (Bresle) は北フランスのブレル川、バイイ (Bailly) はその河岸にある町バイイ=アン=リヴィエールとなるが、他の地名と離れすぎている。そこで、様々な読みが提案されている。
 エドガー・レオニは Bailly をサン=ベル (Sain-Bel)、la Bresle をラルブレル (L'Arbresle) と読み替えた。これらはいずれもローヌ県 (県都リヨン) のラルブレル小郡に属する町で近い距離にある。この読み方はリチャード・シーバースが踏襲した。
 ピーター・ラメジャラーもラルブレルについては同じだが、 Bailly はビュリ (Bully) とした。ビュリはフランスに複数あるが、そのひとつはラルブレル小郡にある。
 ジャン=ポール・クレベールは Bresle を南仏のブレス地方 (Bresse) のこととし、Bailly については特定を避けた。ピエール・ブランダムールも、少なくとも Bresle については南仏のブレス地方と見ていた*1
 当「大事典」では、文脈からすれば、la Bresle が L'Arbresle の誤記ないし誤植である可能性は高いと考える。その場合、Bailly はサン=ベルでもビュリでも位置的に大差はないが、原文 Bailly により近い綴りという点で、さしあたりビュリを支持しておきたい。

 3行目 Vien. は Vienne (ヴィエンヌ)の略であろうことはほぼ異論がない。もっとも、ピーター・ラメジャラーの2010年の英訳では Viendra (来るだろう) などと読まれているようである(英訳にヴィエンヌに該当する固有名詞がなく、かわりに come があるため)。

 4行目 Langoult を Langouste (s) と読んでいる。現代フランス語ではそれは「イセエビ」の意味だが、これはラテン語 locusta がプロヴァンス語を経由して流入した単語で、古くは「イナゴ」の意味もあった*2。ラメジャラー、クレベール、シーバースらが一致してイナゴと読んでいるし、文脈からもその方が整合的だろう。
 もっとも、『予言集』の他の箇所ではイナゴに sauterelle(s) (第3巻82番第4巻48番(未作成))と locuste(s) (第5巻85番予兆詩第40番(旧36番)) を使っており、langouste の使用例はない。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「バイリー山のうえ ブレッスの地方で」*3は、固有名詞の読みに異論はあるが 前述のように校訂次第では許容される訳である。
 2行目 「グルノーブルの険悪な人物がかくれ」 は原文が受動態であることが十分に反映されていない。
 3行目 「リヨン ビエナを越えて ひょうが激しくふり」は、eux (彼らを/に) が訳に反映されていない。また、ビエナに「オーストリアの首都」と注記されているが、それならば「ウィーン」と表記すべきである。確かに Vienne はフランスのヴィエンヌ以外にウィーンの意味もあるが、この場合、文脈に沿わなさすぎであろう。
 4行目 「地をさまよい 第三の者さえ残らない」は誤訳。前半の「さまよう」の根拠が不明。元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳では languishing (しおれる) が使われているが、どちらにしても不適切だろう。後半の tiers には確かに 「第三の者」 の意味もあるが、この場合は「三分の一」であろう。
 実際、「第三の者」と訳されているせいで、大乗訳に添えられた解釈部分に登場する「三分の二が殺される」という表現との関係が不明瞭になってしまっている。

 山根訳について。
 1行目 「サン・ベルとアルブレルの山に」*4は、前述のように固有名詞の読み方自体は成立しうる。ただし、L'Arbresle は定冠詞も地名の一部(ル・マン、ル・アーヴルなどと同じ)なので、それを省くのは不適切である。また、mont は単数なので、素直に考えれば、前者の地名のみに係ると見るべきだろう。
 2行目 「グルノーブルの誇り高き人々が隠される」は可能な訳だが、疑問もある。第2巻79番第5巻29番など、fier(e)(s) が他の形容詞と併記される場合、併記される形容詞との関わりで考えると、ネガティヴな意味で使われていることが多いからである。この場合の fiers もネガティヴに捉えるべきではないだろうか。
 3行目 「リヨンの彼方 ヴィエンヌに すさまじい雹が襲い」は、成立するかもしれないが、不適切に思われる。前半律はVien. までであり、略語となっているのも、前半律は4音節という制約に収めるためだろう。であるならば、そこまでをひとまとまりに捉えるべきではないだろうか。実際、エドガー・レオニジャン=ポール・クレベールはそういう訳になっている (リチャード・シーバースはその辺りの扱いが曖昧である)。また、山根訳では eux の扱いも不明瞭である。
 4行目 「地上にはイナゴの大群 その三分の一はとどまるまい」は可能な訳。ピーター・ラメジャラーの英訳も、後半の「3分の1」はイナゴとしている。「作物の」を補った当「大事典」の訳は、クレベールの読み方に従ったものである。

信奉者側の見解

 基本的に全訳本の類でしか言及されてこなかった詩篇である。

 テオフィル・ド・ガランシエールは、1行目の地名をブレッシャなどのサヴォワの地名とした以外は、ほとんどそのまま敷衍したような解釈しかつけていなかった*5

 ヘンリー・C・ロバーツは雹を空爆の隠喩と見なし、イタリアとオーストリア(3行目の Vien. をウィーンと見たのだろう) で人口の3分の2を減ずるような爆撃があると解釈した*6

 エリカ・チータムは当初の解釈書では一言もコメントしておらず、後の著書でも、イナゴの大発生は読み取れても、全体としては解釈不能としていた*7。しかし、彼女の著書の日本語版では、20世紀末のヨーロッパの異常気象とその影響で人口の3分の1以上が難民化する飢饉を予言したものとする解釈に差し替えられた。

 セルジュ・ユタンは、フランスの小説家で第二次世界大戦時にレジスタンスとして活動したヴェルコール (Vercors) が組織したマキ団(反独組織) についてと解釈した*8
 ヴェルコールについてではないものの、ジョン・ホーグも第二次大戦中にあたる1944年の南仏の戦況と解釈した*9

同時代的な視点

 直接的なモデルの特定ではないものの、ピーター・ラメジャラーは、1557年のコンラドゥス・リュコステネスの著書で、スイス、ドイツ、イタリア北部などの少なくとも6箇所で巨大な雹が降り、それとほぼ重なり合う地域の7箇所でイナゴが大発生したと報告していることと結びつく可能性を示している*10

【画像】 関連地図。サン=ベルとビュリはこの縮尺だとラルブレルにほぼ重なってしまうので割愛。


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詩百篇第9巻
最終更新:2020年03月14日 22:32

*1 Brind'Amour [1996] p.55

*2 『ロベール仏和大辞典』

*3 大乗 [1975] p.274。以下、この詩の引用は同じページから。

*4 山根 [1988] p.306。以下、この詩の引用は同じページから。

*5 Garencieres [1672]

*6 Roberts (1947)[1949]

*7 Cheetham [1973], Cheetham (1989)[1990]

*8 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]

*9 Hogue (1997)[1999]

*10 Lemesurier [2003b], Lemesurier [2010]