百詩篇第1巻67番


原文

La grand 1 famine que ie sens 2 approcher 3 ,
Souuent 4 tourner, puis estre vniuersele,
Si grande 5 & longue qu'on viendra arracher 6
Du bois 7 racine 8 , & l'enfant 9 de mammelle.

異文

(1) grand : grande 1611B 1627 1981EB
(2) sens : vois 1672
(3) approcher, : approcher ! 1594JF
(4) Souuent : Souuant 1590Ro, Aouvent HCR
(5) grande : grand 1605 1649Xa
(6) arracher : s'arracher 1668P
(7) bois : Bois 1672
(8) racine : rac ne 1627
(9) l'enfant : l'Enfant 1650Ri 1672

(注記)HCR はヘンリー・C・ロバーツの異文。

日本語訳

大飢饉について我は悟る、それが近づき、
しばしば向きを変え、やがて世界的なものとなるのを。
余りにも大規模で長期に渡るから、引き抜かれることになるだろう、
木から根が、乳房から幼子が。

訳について

 前半を関係詞に忠実に訳せば 「近づき、しばしば向きを変え、やがて世界的なものとなるのを我が悟るところの大飢饉(が)」 となる。それぞれの行の原語にできるだけ対応させるために、当「大事典」では上のように訳した。

 3行目 viendra > venir は、現在では「来る」の意味が一般的だが、中期フランス語では devenir (~になる)などの意味もあった *1

 4行目の「乳房から幼子が」については、ピエール・ブランダムールの釈義では、乳が出なくなった乳房から幼子を引き離すことを表現したものだという *2

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「大飢きんが近くにひきよせられているのが見える」 *3 は、ヘンリー・C・ロバーツの英訳に引きずられたものだろう。sens > sentir は「感じる、気づく」の意味である。ロバーツが元にしたテオフィル・ド・ガランシエールの異文は、上のように vois > voir (見る) になっていたので、原文と訳文が対応していた。しかし、ロバーツは vois を sens に直しておきながら、ガランシエールの英訳をそのまま引っ張ってきたために、原文と訳文にズレが生じたのであろう。
 2行目 「一方から他方にめぐってだんだん広がっていく」は、ロバーツの英訳のほぼ転訳だが、universelle のニュアンスが今ひとつ伝わらないのではないだろうか。
 3、4行目 「大きく長く飢きんはひきよせられる/それは木々の根や乳飲み子によって」は誤訳。si...que ~ は「あまりに・・・なので~」を意味する構文で、ロバーツも so... that ~ の形で訳している。

 山根訳について。
 1、2行目 「大飢饉の接近を予感する/そいつはしばしば道を変え やがて世界全体をおおうだろう」 *4 は意訳の範囲内だろう。
 3、4行目 「広い範囲をいつまでも荒らしまわり/やがて木を根っこから 子供を乳房から引きぬくだろう」は、si... que ~ の構文のニュアンスが今ひとつ出ていないように思われる。また、「引き抜く」の主語は on (人々は) である (on を主語を取るときには、しばしば主語を略した受動態で訳される。当「大事典」はそのような訳し方を採用している)。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニー(1594年)は、1586年が、例年に比べて飢饉もペストも戦争もひどかった年ということに結び付けていた *5

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、単語も意味も平易として、そのまま敷衍したような解釈しかつけていなかった *6
 その後、20世紀に入るまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、百詩篇第6巻5番とともに引き合いに出し、未来の大飢饉についてとした *7

 アンドレ・ラモン(1943年)は今日の (つまり彼が解釈した時点で継続していた第二次世界大戦時の) 状況の予言とした *8

 ヘンリー・C・ロバーツ(1949年)はフランス革命関連の詩とした *9
 エリカ・チータムは当初、漠然とした解釈を展開していたが、1989年の著書では、その時点のアフリカなどで進行中の予言で、警告として受け止めるべきとする解釈を展開した *101973年の著書の日本語版では、20世紀末に起こる世界的な飢饉の予言とする原秀人の解釈に差し替えられていた *11

 セルジュ・ユタンは1978年の著書で 「世界的な飢饉」 と一言だけコメントしていたが、その補訂を担当したボードワン・ボンセルジャンは、ルイ14世時代の大旱魃と解釈した *12

 ネッド・ハリー(1999年)は、2020年までの人口爆発に対応して起こる事態と解釈していた *13

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(2006年)は、2025年までに起こる大飢饉と解釈していた *14

同時代的な視点

 1724年の匿名の論文「ミシェル・ノストラダムスの人物と著作に関する批判的書簡」では、時が明記されていない曖昧な予言の例として扱われていた。

 ルイ・シュロッセ(未作成)は、1523年の大旱魃によって、特にプロヴァンスでは飢饉が酷かったことを指摘した *15

 ピエール・ブランダムールは解説を何もつけていなかったが、その校訂に基づいた高田勇伊藤進は、16世紀フランスでは、小氷期にあたっていたという大きな気候的要因、人口増加、社会構造などの複合的な要因から、慢性的に食糧不足や穀物価格の高騰が起こっていたことを指摘し、「餓死に対する恐れがヨーロッパの歴史のなかで何度もパニックを引き起こし、住民の大部分に強迫観念として根付いていたこと」 を当時の証言なども引きつつ、明快に示している *16

 ピーター・ラメジャラーは、『ミラビリス・リベル』にも大飢饉の予言が収録されていたことを指摘しており、具体的にヨアンネス・デ・ウァティグエロ (Joannes de Vatiguerro) の予言に語られている、「天地創造以来、誰一人として聞いたことがないような」 世界中に波及する大規模な飢饉についてや、マーリンの予言に語られている、世界的な戦争とともに起こる非常に大規模な飢饉についての該当箇所を訳出している *17

 詩の情景はかなり漠然としており、シュロッセのように1回の飢饉と直結させるよりも、むしろ当時の慢性的飢饉への恐怖の投影と捉える高田・伊藤らの見解のほうが説得的であるように思われる。他方で、ラメジャラーの指摘は、時期の明記のない世界的飢饉の予言が、ノストラダムス以前に一定程度(以上)知られていたことを明らかにした点で、これまた説得的である。

 高田・伊藤とラメジャラーのどちらが正しいということではなく、どちらの解釈も正しいのではないだろうか。つまりは頻発する飢饉への恐怖は、『ミラビリス・リベル』が予言していた世界的飢饉に強い現実味や切迫感を与えたであろうし、まさにノストラダムスが、直面する現実を、予言されていた終末と結びつけて理解していたとしても何の不思議もないからである。


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