百詩篇第2巻32番

原文

Laict1, sang2, grenoilles3 escoudre4 en Dalmatie5,
Conflit6 donné, peste7 pres8 de Balenne9:
Cry sera grand par toute10 Esclauonie11
Lors naistra12 monstre13 pres14 & dedans15 Rauenne16.

異文

(1) Laict : Faict 1627 1630Ma
(2) sang : Sang 1672
(3) grenoilles : genoilles 1557B, grenouilles 1588Rf 1589Rg 1590Ro 1605 1628 1650Le 1650Ri 1668A, greaouilles 1589Me, grenoüilles 1627 1630Ma 1644 1649Ca 1653 1665 1668P, grenouïlles 1649Xa, Grenovilles 1672
(4) escoudre : escondre 1588-89 1589PV 1649Ca 1668
(5) Dalmatie : dalmatie 1557B 1588-89
(6) Conflict : Conffict 1610 1716
(7) peste : pestes 1588-89, preste 1600
(8) pres : preste 1589PV 1649Ca
(9) Balenne : Balennes 1568C 1568I 1597 1600 1605 1610 1611 1628 1649Xa 1716 1772Ri 1981EB, Baleine 1649Ca 1650Le 1668, Balene 1672
(10) par toute : partoute 1568B, par tout 1589PV
(11) Esclauonie : esclauonie 1557U 1557B 1568A 1590Ro
(12) naistra : naistre 1650Le
(13) monstre : Monstre 1672
(14) pres : p~s 1557B, pret 1627
(15) dedans : dedant 1627
(16) Rauenne : Rcuenne[sic.] 1627

(注記1)1610 と 1716 は1行目の2、3語目が sanggrenoilles とくっついている。
(注記2)p~はp の上の ~ の代用。

日本語訳

ダルマティアには乳と血と蛙が振り撒かれる。
紛争が始まり、バレンネ近くではペストが。
スクラウォニアの全域では叫びが大きいだろう、
ラヴェンナ付近と市内で怪物が生まれるであろう時に。

訳について

 1行目の escoudre と2行目の Balenne という分かりづらい単語はあるものの、構文上に難しい点はない。
 その escoudre はDALFには「揺さぶる、揺り動かす、振り落とす」(secouer, agiter, remuer) の意味とあり*1ピエール・ブランダムールはまさに shake out の意味であるとしていた*2。showering をあてたリチャード・シーバースも同じような立場だろう。
 なお、原文では能動態だが、高田勇伊藤進訳で 「乳と血と蛙がダルマティアに振り落とされ」*3と受動的に訳されていることを踏まえ、日本語として自然になるように、当「大事典」でも受動的に訳した。

 2行目 Conflit donné の直訳は 「紛争(衝突)が与えられ」 だが、当時は donner bataille で「一戦を交える」 の意味があったため*4、それに準ずる表現と見なした。これは、une bataille aura lieu (戦闘が起こるだろう)*5と釈義したブランダムール、Battle breaking out (戦闘が勃発)*6と英訳したシーバース、および「戦いが交えられ」*7と訳した高田・伊藤らの読みにも沿うものである。

 2行目 Balenne はどこの地名か確定していないが、ラテン語やギリシア語に起源を求める論者が複数いる一方で、フランスの地名と見なしている論者は皆無なので、初出の綴りをラテン語読みした。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 2行目 「戦いでバーゼルの近くでは疫病が発生し」*8は、バーゼルが唐突に出てきているのが意味不明だが、これはヘンリー・C・ロバーツの英訳でもそうなっている。しかし、ロバーツは根拠を一切説明していない。
 3行目 「大きな叫びがソルボキア全体に響くだろう」は「ソルボキア」が意味不明。ロバーツの英訳では Slovakia が当てられているので、その見間違いかもしれないが、そもそも Esclavonie をスロヴァキアと訳すこと自体が不適切。Esclavonie はスラヴォーニヤ (クロアチア) の古い綴りである (スラヴォーニヤ参照)。
 4行目 「そのときラブニナの近くで怪物が生まれるだろう」は、「ラブニナ」 という表記を棚上げするとしても、dedans (中で) が訳に反映されていないので不適切。

 山根訳について。
 1行目 「牛乳 血 カエルがダルマーチアに準備されよう」*9の「準備」 は、かつて escoudre について、エドガー・レオニがラテン語 excudere からとしてそのように訳していたせいだろう。以前は許容された読みと言えたのだろうが、現在では支持されているとはいえない読み方である。
 4行目 「やがてラヴェンナの近くで怪物が生れる」 は大乗訳と同じく、dedans が訳に反映されていない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、ダルマティア、スクラウォニア、ラヴェンナの位置関係を説明しただけで、「残りは解釈の必要なし」 としていた*10Balenneを彼は Balene と綴っていたが、何と見なして解釈するまでもない語と位置づけたのか、さっぱり分からない。
 その後、20世紀半ばまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードマックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)アンドレ・ラモンロルフ・ボズウェルジェイムズ・レイヴァーの著書には載っていない。

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は独自の地名の読みに基づいて(上記の「訳について」節を参照)、スイスやチェコスロバキアがイタリアの怪物に脅かされる予言と解釈した*11。その日本語版ではイタリアの怪物に「ムッソリーニ?」 と注記されているが、ロバーツは未来形で書いていたので、ムッソリーニを想定していたのかは不明である。

 エリカ・チータムは1973年の時点では地名の解説をしただけだったが*12、その日本語版ではムッソリーニとする解釈に差し替えられた。
 晩年のチータムの著書では、主に近年に起こった蛙や魚が空から降る現象 (いわゆるファフロツキーズ) の事例紹介が追加されていた*13

 セルジュ・ユタン(1978年)はナポレオンによるアドリア海沿岸の征服と解釈した*14。しかし、その補訂を担当したボードワン・ボンセルジャンはバルカン半島の紛争や、クローン人間についての予言ではないかとする解釈に差し替えた*15
 加治木義博(1993年)は、第一次世界大戦の発火点がバルカン半島であったことの予言であるとともに、解釈時点で継続していたユーゴスラビア紛争の予言でもあるとし、ユーゴ情勢が契機となって、第三次欧州大戦が始まると解釈していた*16

 ネッド・ハリー(1999年)は、1990年代の(旧)ユーゴスラビア情勢と結びつけ、ミロシェヴィッチのことではないかとした*17

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、1980年の解釈では、それから数年以内に起こる大戦での、ロシア軍のドイツ・イタリアへの侵攻と解釈していたが*18、晩年の著書では1990年代初頭のユーゴスラビア紛争と再解釈した*19

同時代的な視点

 4行目のラヴェンナ市内と付近で目撃される怪物が、いわゆる 「ラヴェンナの怪物」 を元にしているのだろうという点は、ピエール・ブランダムールの指摘以降、ほぼ定説化しているといってよい。
 ラヴェンナの怪物は、1512年3月に、ある修道士と修道女の間に生まれたとされる怪物で、額に角を持ち、口が裂け、手がない代わりに蝙蝠の羽が生え、胸に i, x, v の3字 (Yと十字とする異伝もある)が刻まれ、両性の生殖器をもち、足は膝に眼の付いた右足と、魚鱗に覆われた左足 (猛禽類に似た一本足とする異伝もある) だったとされた怪物である。
 ラヴェンナでは、直後にイタリア戦争の一幕としての「ラヴェンナの戦い」が起こったことから、その前兆として捉えられた。それが捏造であることを見抜いた者もいた一方で、16世紀には様々な論者がとりあげて広く知られるモチーフとなっていた*20

【画像】ラヴェンナの怪物(リュコステネス『奇異ならびに前兆の年代記』1557年)*21

 ロジェ・プレヴォは、さらにこの場合のスクラウォニアは現在のスラヴォーニヤ地方ではなく、近傍のスロベニアのカルニオラ地方 (中心都市リュブリャナ) に対応しているとして、ラヴェンナの怪物の前年、1511年にカルニオラでペストが流行したことを指摘した*22

 高田勇伊藤進は別の詩(百詩篇第3巻19番)で血、乳、蛙の雨を扱い、古典古代からありふれたモチーフであったことを指摘し、16世紀当時でも神秘学者コルネリウス・アグリッパや博物学者ギヨーム・ロンドレが取り上げていたことを指摘した*23
 ピーター・ラメジャラーも、血と乳の雨は古代のユリウス・オブセクエンスの報告にも多くあったことや、蛙の雨はノストラダムスがこの詩を書いた直前にも、1549年にアルザスで降ったという記録があることなどを説明した*24
 同様の指摘はジャン=ポール・クレベールも行なっている。なお、クレベールはBalenneをベッルーノとする説に関連し、そこが1511年にヴェネツィアによる略奪行為に遭ったことを指摘した*25

【画像】 ほぼ同時代の木版画に描かれた蛙の雨*26

 Balenne には、トレブラ・バリエンシス(現ポンテラトーネ)、トレブラニ、ボレント(現ハンガリー領内?)、コスタ・バレネ(現リーヴァ・リーグレ)、カッサンドラ半島、リュブリャナ、ベッルーノなど諸説があって確定させがたい。
 このため、詩の情景をすべて特定しきることは困難だが、従来の諸研究を踏まえれば、1512年のラヴェンナの戦いと、それに先んじて出現したとされるラヴェンナの怪物を中心的なモチーフとして、同時期のアドリア海周辺の情勢をモデルにしたと考えるのが妥当であろうと思われる。

【画像】 関連地図。旧パンノニアのボレントは正確な位置が不明のため、地図中に記載していない。

関連外部リンク

  • ファフロツキーズ(超常現象の謎解き)
    • 合理的に説明可能な事例および未解明の事例の紹介。


【画像】 ASIOS 『謎解き超常現象』


コメントらん
以下のコメント欄はコメントの著作権および削除基準を了解の上でご使用ください。なお、当「大事典」としては、以下に投稿されたコメントの信頼性などをなんら担保するものではありません (当「大事典」管理者である sumaru 自身によって投稿されたコメントを除く)。

名前:
コメント: